Wants 1st 番外SS

□Original TitleU
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「漸くん。……俺もさ、全然、偉そうな事は言えないんだけど」

「……?」

「きっと恋愛に、経験や歳の差ってそれほど影響しないと思うよ。一番大事なのは、二人の相性だと思う」

「……相性」

「うん。互いに一緒にいて……救われてるなって思ったり、もっと支えてあげたいなって思ったり。そういう感覚的な部分が、すごく重要なんだと思う。何だか言葉にすると、偽善的な響きになっちゃうけどね」

「……」

「ていうか俺も、そうなんじゃないかって……最近思うようになったんだけどさ。何しろ俺も、今初めて幸せな恋をしてるから」


 そう言って微笑んだ彼の表情には、どこか深みがある。
 初めて瑞貴を見た時も、何の根拠も無く「俺に似たような経験があるのかな」って直感的に思ったんだけど。
 ヒナタさんにも……それに近い何かを感じた。


「愛されるのって幸せな分、結構怖かったりするよね」

「……そうですね」

「負けないように、お互い頑張ろう。せっかく掴んだ幸せなんだから」


 それ以上ヒナタさんは掘り下げなかったし、俺も追及しなかった。
 でも多分……俺の予想は、それ程的外れじゃなかったんだと思う。
 ヒナタさんの言葉には、言葉以上に共感出来る何かがあったから。


 それからウェイトレスが持ってきたコーヒーは、とても甘くて面白い味がした。

 ヒナタさんによると、キャラメルの風味が強いらしい。
 甘党の瑞貴が喜びそうな味だったから、いつかここに連れてきてあげたいなと思ったりして。

 それからぽつりぽつりと、服の話や雑貨の話、ヒナタさんの名前は「陽向」という字で書くという事などを教えてもらっているうちに、あっという間に30分以上の時間が経過した。

 口下手な俺にしては、珍しくよく話した方だと思う。
 不意に会話が中断されたのは、俺の携帯が鳴ったからだった。


「……あ」

「梶本さん? どうぞ」


 電話に出るよう促してくれた陽向さんに軽く礼を言い、初期設定のままの着信音が鳴る携帯の通話ボタンを押す。


「……もしもし」

『悪い、漸。今から迎え行くわ』

「大丈夫。暇潰してたから……」

『今どこだ? 学校じゃねぇよな。何か曲聞こえる』


 そう問われて、一瞬視線を上げた。
 と、陽向さんと目が合って、にこりと微笑みかけられる。


「カフェ……?」

『カフェ? 瑞貴とでもいんのか』

「違う」

『あ? 一人?』

「ヒナタさんと」

『……は?』

「そこで、会って……」


 そこまで言い掛けると、不意に陽向さんが「漸くん」と声を掛けてきた。


「説明するから、代わってもらえるかな?」

「あ、ハイ……巳弘、代わるよ」


 俺よりも陽向さんの方が、絶対上手く話せると思う。
 俺は素直に頷いて、携帯を陽向さんに手渡した。


「ご無沙汰しております、梶本さん。Lei ed Ioの陽向です」


 陽向さんはいつものように饒舌に、ここまでの成り行きと、居場所を巳弘に説明してくれる。
 相槌の合間に朗らかに笑う陽向さんからすると、巳弘も結構機嫌が良いようだ。


「はい、はい……勿論です。えぇ、わかりました……ではもう少しお預かりしてます」


 その言葉を最後に、しばらく携帯を耳にあてていた陽向さんは、通話を切って俺に携帯を返してくれた。


「梶本さん、すぐそばまで迎えに来てくれるって」

「そうなんですか」

「じゃ、もう少ししたら車の停め易い場所まで移動しようか」

「はい」


 それから時計を見ながら少し会話を続け、丁度良い頃合いになってから、二人で立ち上がる。
 会計をしようとしたら、陽向さんは「奢るって言っただろ?」と笑って、先に出ているように言われた。

 それから二人で店を後にすると、さっきまで明るかった空にはすっかり夜の帳が下りている。
 明るい街灯や連なる店の灯りで、星は見えないけれど。


「今日は楽しかったよ、付き合ってくれてありがとう」

「いえ、俺の方こそ……」


 むしろ、俺が付き合ってもらった気分なんだけど。
 どこまでもスマートな様子に、やっぱり歳の差を感じたりして。

 いつ見ても垢抜けたファッションの陽向さんを見つめながら歩いていると、ちょっと行った先の路肩に停車してある、巳弘の車を見付けた。


「あ……」

「あれ巳弘さんの車?」

「はい」


 頷きつつも、俺の視線は既に巳弘の方に釘付けになっていた。
 巳弘の存在には、強烈な引力があると思う。
 いつも視界に入ってきた瞬間、俺の意識は巳弘にすべて持っていかれてしまうのだから。

 と、車のドアから長い脚が覗き、すぐに巳弘が降りてきた。


「……巳弘」

「おう、ただいま」


 無意識のうちに駆け寄れば、目を細めて髪を梳かれる。
 巳弘は俺ごと歩みを進め、陽向さんに向き合った。


「サンキュな、陽向。相手してやってくれて」

「いえ、俺も楽しかったです。会えてラッキーでした」


 陽向さんは、俺と話している時よりも大人びた微笑みで巳弘に答える。
 そして俺には、悪戯っぽい笑みで「ね?」と声を掛けてきた。


「はい……楽しかったです」


 俺もこくりと頷けば、巳弘は「良かったな」とぽんぽんと頭を叩いてくる。


「では、俺はこの辺で」

「どこまでだ? 普通に送ってくけど」

「いえ、漸くんとのドライブデートをお邪魔するわけにはいきませんし」

「遠慮すんなって」

「本当に大丈夫です。お気遣いありがとうございます」


 それから陽向さんは何度も断っていたものの、断固として譲らない巳弘から「漸のお守代」と言ってポケットに突っ込まれた金を渋々受け取り、巳弘と俺が乗った車が見えなくなるまでこちらを見送ってくれていた。


「珍しく懐いたみてぇじゃねぇか」

「うん。良い人だった」

「だろうな。陽向くらい洞察力のある男ってあんまいねぇし」

「ふーん……」

「お前も大分成長したな」

「何で?」

「ちゃんと敬語使ってた」

「……見様見真似だけどな」

「誠意が伝わりゃ良いじゃねーか、別に面接でもねぇんだし」


 巳弘は笑いながらそう言って、ハンドルを回す。
 何だかその表情が嬉しそうで、俺は首を傾げた。


「……機嫌いい?」

「あ?」

「何か、そんな感じがした」

「まぁな。最近では、お前の成長っぷりを見るのが俺の楽しみだから」

「……」

「それと」


 信号が赤になって、車はゆっくりとスピードを落とす。
 大きな交差点だけれど、たまたまこの時回りを走る車はほとんど無かった。

 そのタイミングを見計らったかのように、巳弘は不意に俺の肩を掴んで引き寄せて、唇を合わせてくる。


「……俺の顔見て駆け寄ってきたお前が、何かスゲー可愛かった」

「……」

「つーか甘いな。何飲んでたんだ?」

「……キャラメル何とか」

「瑞貴が好きそうだな」

「俺も思った」


 巳弘はもう一度リップ音と共に唇と頬に口付けてから、前を向いた。
 その数秒後には信号が青に替わり、そのタイミングの良さに何だか感心してしまう。


「今度瑞貴連れて、3人であそこ行くか」

「うん、行く」

「お前は瑞貴好きだよな、ホント」

「……巳弘も好きだよ。種類が違うけど」

「ははっ、わかってるって」


 まだ残っている甘いキャラメルの香りと、キスの余韻と、新たに交流出来る人が増えたという充足感に、俺は何となく気持ちが満たされる。
 シートに身を預けて外を眺めていると、また巳弘に頭を撫でられた。

 来週の休みは、また陽向さんのお店へ連れていってもらえるらしい。
 さっき陽向さんに、「次は制服に合わせられるものも選ぼうか」と言われた事を巳弘に報告すると、「次が楽しみだな」と言ってくれて。

 俺はその言葉に頷きながら、近い未来にやってくるその日を、密かに心待ちにした。


fin.
***

最近漸が登場するSSは、『漸の成長日記』みたくなっている件^q^

今回は、恐らくBLラインのキャラでダントツの気遣い屋(笑)な陽向が頑張ってくれました☆
陽向も大概苦労人なので、漸の良い理解者になってくれると思います◎

基本的に店員が「くん」や「さん」でお客さんを呼ぶ事って無いと思うんですけど(私の経験上、絶対「様」付けだったので)、今回はある意味VIP待遇ということでw
巳弘が望んでそうなった的な。

それにしても陽向はどの作品に出しても素直なので、とても扱い易いです。笑

2011.9.15

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