Wants 1st 番外SS

□Original TitleU
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25.Caramel Day

Side:Zen


 パチンと携帯を閉じて、持て余した時間をどうするか……と頭を悩ませる。

 今日は週末で、学校帰りは巳弘が迎えに来てくれる予定だった。
 だけどそういう日に限って、学校が早く終わる日で……普段学校でぼうっとしている事の多い俺は、今日がいつもより一時間早く帰れる日だという事をちゃんと聞いていなかったのだ。

 多分巳弘はまだ、モデルの仕事中だと思う。
 ならばしばらく瑞貴といようかと思ったものの、さっさと陽が迎えに来て連れて行っちゃうし――まぁ瑞貴が嬉しそうだったから、俺も普通に呼び止めはしなかったけれど。


「……」


 何となく学校に留まるのは気が進まなくて、だからと言って賑やかな翼たちの方に混じって帰る気分にもなれなくて。
 珍しく俺は、街の方へと歩き出していた。

 “クロンヌ”にいた頃から変わらない、延々と広がっている雑踏。
 あの頃も人混みは好きになれなかったけれど、一人で鬱々としているよりは気が紛れる気がした。

 まるで自分の身が世間から隠されている気がして、安心したというか。
 外にいる方が自分が消えた気分になれたなんて、今思えばおかしな感覚だったかもしれない。
 だけど……あの頃は、確かにそうだったんだ。


 それにしても、さすがはこの辺も“白”の管轄内になっただけある。
 こうしてゆっくり歩いていても、誰ひとりとして絡んでこないのだから。
 それでもうっすらと感じる、敵意を含んだ視線。

 俺は前を見据えたまま、それに気付かないフリをした。
 巳弘から、喧嘩はダメだって言われているし。
 わざわざ目を合わせて、厄介な問題に発展したら面倒臭い。


「……?」


 それからふらふらとしばらく歩いていると、たまたま通り掛かったショッピングビルのフロア案内板に、何となく目が行った。
 と、ほとんど暗号にしか見えないブランドロゴの中に、一つだけ見覚えのあるものを見付ける。

 Lei ed Io――確か、巳弘がよく連れていってくれるお店の名前だ。
 巳弘と行くのは、もっと都心の方のショッピングビルだけれど。
 色んな所にあるお店なのだろうか。

 そんな事を考えていると、不意に俺の視線はショッピングビルの入り口の方へ吸い寄せられた。
 と同時に、何ともいえない緊張感が走る。


「あれ?」


 視線の先にいた人も、俺の姿に気が付いたようだった。
 別に相手が怖いわけではない。
 けど、会った回数がまだ少ない相手には、どうしても人見知りしてしまうのだ。


「あれ、漸くん? 奇遇だね! うわ、会えて嬉しいよ」

「……どうも」


 明るい声で話し掛けてきたこの人は、巳弘が「ヒナタ」と呼んでいる店員だ。
 いつも俺と巳弘が行く方のLei ed Ioで働いている人で、試着等をする時は大抵この人が担当してくれる。

 だけど、何でこんな所に……?


「このショッピングビル、ウチの系列のお店が入っててね。今日はヘルプで来てたんだ。休日出勤だったから、もう帰る所なんだけど」

「……そうなんすか」

「漸くんは、学校この辺なの? 制服姿もカッコイイね」


 にっこりと微笑むその表情は、さすが大人と言うか、接客業をしている人なだけある。
 悪気は無いものの、多分俺って無愛想だし、目付き悪いだろうし。
「普通の大人」だったら、きっと俺みたいなガキはイライラするだろうに。


「学校が、いつもより早く終わって……」

「そっか。それで遊びに?」

「いや、待ち合わせまで時間が空いたから……」

「そうなの? じゃあ今暇潰しタイムなんだ」

「はい」

「……漸くんって、人混みとか苦手そうだよね」

「はい」

「もしかして、あてもなく歩いてる途中だったり?」


 ……この人、何でこんなに勘が良いんだろう。
 ここまでくると、ちょっと怖いっていうか。

 それでも俺が嫌悪感を抱かずにいられるのは、この人は巳弘が信頼している店員だからっていうことと、どこなく……本当にどことなくだけれど、瑞貴に近いような雰囲気を持っているからだ。

 少し緊張はするものの、すぐに立ち去って欲しいとは思わない。
 俺にとっては、かなり珍しい相手だと思う。


「じゃあさ、良かったら時間までちょっとお茶でもしようよ」

「え……」

「近くに、静かなカフェがあるんだ。俺も帰るには中途半端な時間だし……いつも良くしてもらってる常連さんだから、ナイショで奢るよ」


 自然な動作で片目を閉じて微笑んだ彼は、威圧感を覚えない程度に俺との距離を縮めてくる。
 やっぱりこの人には、この距離でも嫌悪感は無い。


「っていうのは建前で、漸くんとはちょっと話してみたかったんだよね。何となく、友達になれそうな雰囲気だったから……って、こんな事言ったら梶本さん怒るかなぁ」

「……ヒナタさん相手なら、巳弘は怒らないと思います」

「あ、俺の名前覚えててくれたんだね。ありがとう」


 隣を歩くヒナタさんから、ふわりと香水の匂いが漂ってくる。
 巳弘とはまた全然違う、甘い感じの匂い。


「あ、嫌いなものとかあるかな。普通のカフェで大丈夫?」


 こくりと頷けば、「そっか」と再び微笑まれた。
 ……やっぱり、大人っぽい人だな。
 巳弘も大人っぽいけど、タイプが全然違う。
 瑞貴も大人になったら、こんな風に柔らかい雰囲気の人になるのだろうか。

 とりあえず、無駄にぶらぶらと歩かずに済んで、内心ほっとしていた。
 二人きりになって大丈夫かという懸念はあったものの、疲れない程度にヒナタさんが話し掛けてくれるし。


「あ、それ前にウチで買ってくれたヤツだね」

「……あぁ、はい」

「漸くんの学校は、あんまり校則とかキツくない感じ?」

「はい。皆結構適当ですね……」

「そっか、それは楽しいね。今の高校生ってオシャレだなぁ」


 ヒナタさんが指摘したのは、俺が左腕にしていたブレスだった。
 ちょっと前に巳弘が買ってくれた腕時計と合わせると、結構見栄えがする。

 秋斗や昂介みたいに、制服の下に濃い色のシャツを着込んだりはあんまりしないけど、小物を使うくらいの事は俺も最近するようになっていた。

 多分これも、仕事でもプライベートでも、常に何かしら格好良いものを身につけている巳弘の影響だろう。


 そんな事をぼんやりと考えているうちに、ヒナタさんはある店の中へと入って行った。
 表通りから見たら結構見付けにくい場所にあるんだけど、それなりに人が入っている。

 煩い学生がたむろうファストフード店やファミレスとは違って、客層もとても落ち着いた大人や頭の良さそうな学生ばかりだ。


「この時間にすっと入れるって辺り、穴場でしょ」

「……よく知ってますね、こんな所」

「色々情報網があるんだよー。俺自身も、探索するの好きだったりするしね」


 ウェイトレスに案内されたのは、奥の窓際の席だった。
 ちょうど周りの客とも1テーブル以上距離があって、本当に静かに過ごせそうだ。

 店内にかかっているBGMも、巳弘の車で掛かっている曲によく似ていて、どことなくほっとする。


「あ、何時まで大丈夫?」

「メールが返ってきてからじゃないと、何とも……」

「もしかして梶本さん?」

「はい。今日モデルの仕事で……」

「これからデートかぁ、良いなぁ」


 一瞬の間を置いてから、俺は思わず顔を上げた。
 ……あれ、今この人、デートって言ったよな。


「……」

「……? あれ、どうかした?」

「今、デートって……」

「え? もしかして違うの?」


 聞き返したら、急に焦り始めた様子のヒナタさん。
 よく意味がわからなくて首を傾げると、ますます慌て始めた。


「ご、ゴメン……俺、雰囲気的にてっきり……いや、本当にごめんね」

「……何がですか?」

「あの、俺……てっきり、二人は……」

「恋人で、合ってますけど」

「……え、あれ? じゃあ今何で……?」

「いや、何で知ってるのかと思って。巳弘から聞いたんですか」


 いくら俺や瑞貴、秋斗たちがそうだからと言って、世間的に見れば男同士で付き合うっていうのは多分珍しい事だ。
 不思議に思ってそのまま尋ねてみると、ヒナタさんは「あぁ、そういうことか」と苦笑する。


「実はね、俺も彼氏がいるんだよ」

「……」

「だから、雰囲気的にわかったっていうか……だから言っただろう? 友達になれそうだって」


 そう言ってヒナタさんが笑った直後、ウェイトレスがやって来て、注文を取られた。
 俺はあんまりよくわからないから、ヒナタさんのお勧めのものを頼んでもらう。


「梶本さんには、何となくバレてたんだと思う。 初めて漸くんがウチに来たとき、漸くんをこの先もよろしくって言われたんだ」

「巳弘が……?」

「そう。すごく愛されてるんだね。いつも、見てる俺まで幸せになってくるよ」


 耳に心地良いトーンですらすらと喋るヒナタさんをじっと見れば、彼は不思議そうに首を傾げた。


「……あの」

「うん?」

「ヒナタさんは……ヒナタさんから見て、巳弘と俺って、ちゃんと恋人に見えますか」

「え……」

「ちゃんと俺……恋人、出来てますか」


 何となく……漠然とだけれど、この人には聞いてみたいと思った。
 巳弘と俺の仲を知っている人で、今まで“大人”っていなかったから。

 巳弘と社会的立場が近いこの人から見たら、俺たちは――俺は、どう映るのだろう。


「……うん。ちゃんと恋人、出来てると思うよ」

「……」

「だって梶本さん、漸くんといる時、いつも幸せそうな顔してるし」

「……」

「あんな柔らかい表情、それまで見た事が無かったから」

「……そう、ですか」


 それ以上何も言えなかったけれど……本当は内心、かなりほっとした。
 この人はきっと、嘘を吐かない人だと思う。
 だから単純に、すごく嬉しかった。


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