Wants 1st 番外SS
□Original TitleU
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「……すげぇ」
「綺麗だなー。俺も久し振りに見たわ」
今度入ってきたエリアでは、頭上数メートルの高さにも及ぶガラス面がパノラマになっていて、数万尾というイワシの大群が泳いでいるのが見える。
もちろんそれだけじゃなく、よく見るとエイとかサメとか色々混じっているけれど。
「……」
漸の身体もこの場所一面と同様、青い光に染まっていて。
その瞳の色は判別出来なくなっているものの、視線の先に広がっている光景に、かなり心を奪われているようだった。
立ち尽くしている漸の肩を抱くと、はっとしたように俺の方を見上げてくる。
「近付いて見ようぜ」
「……」
やっぱり平日に来て正解だった。
ポツリポツリと客はいるものの、見ようと思えば常に最前列でじっくり眺められる。
漸は片手をそっとガラス面につけて、喰い入るように向こう側を眺めていた。
今漸は、どんな事を思っているのだろう。
なかなか想像がつかないけれど、感動しているのは間違いないようだった。
瞬きの回数が、明らかに少ない。
「なぁ、巳弘……」
「んー」
「魚ってすげぇな……」
「そうだな……?」
「何の為に泳いでんだろ」
「……」
「どれが自分の知り合いだとか、わかんのかな」
「あー……」
「全部同じに見えるけど」
「俺も同じに見えるわ」
「……会話とかしてんのかな」
「……どうだろうなぁ、してるかもな」
「……」
「……」
「……巳弘」
「ん?」
「この中に、俺が巳弘に会ってから食わせてもらったヤツいる?」
「……あーっと、イワシはもう食わせたっけ……」
ちょっとコレは、本気で油断出来ねぇな。
哲学チックなものから現実的なものまで、脈絡の無い質問が容赦無く飛んでくる。
この俺を困惑させるなんて、かなりの大物だ。
――それから次々と現れる初対面の生物たちに、漸は終始集中しているようだった。
もう、これこそが「集中」って感じの勢いで。
表情自体はそこまで大きく変化しないんだけど、ガン見レベルが違う。
時々はっとして俺の存在を確認するように振り返ってくるものの、それ以外は基本水中の何かしらを見ていた。
ホント、これだけ堪能してくれれば連れて来た甲斐があるっつーもんだよな。
そしてかなり時間を掛けて一通り見終わる頃、不意に館内アナウンスが入った。
どうやらもうすぐこの建物に隣接した場所で、ショーが始まるらしい。
「漸、ショーだってよ」
「ショー?」
「子どもっぽいかもしんねぇけど、せっかくだし見てこうぜ。イルカとかナマで見てみてぇだろ?」
「……イルカ見れんの」
「見れる見れる」
一瞬漸の目が、子どものように無邪気に見えた。
思わず口端を上げて、漸の腕を取る。
「今日空いてっから、多分良い席で見れんぞ」
「ふーん……」
「……嬉しい?」
「うん」
「そりゃ良かった」
館内にいたそれ程多くない客たちが、皆一様にこちらに向かって歩き出した。
パンフを見れば、どうやら俺たちは丁度ショーをやる屋外スタジアムに繋がる通路のそばにいたらしい。
内心ラッキーだと思いながら漸を連れ、俺も十数年ぶりに見るイルカのショーを少し楽しみに思ったりして。
それは隣にいるのが漸だからというのもあるし、漸のまっさらな反応が新鮮な気持ちにさせてくれたからだとも言えるだろう。
「案外良いもんだな、定番デート」
「え、なに」
「いや、こっちの話」
ふっと笑えば漸は首を傾げたものの、眼前に現れた広い半円型のスタジアム席に驚いたようだった。
「中央の方行くか」
「……何かいる」
「おー、泳いでるな」
「デカイ……」
「お前、デカイ生き物苦手だろ」
「……」
完全に中央部の席だと人が多いから、少し横にズレた辺りの、わりと前方の席に腰を下ろす。
頭上高くにある屋根に日差しは遮られているものの、まだまだ明るい時間帯だ。
スタジアム中央部にあるプール状の水槽には、何かやたらとデカイサメとか泳いでいた。
手前側に泳いでくると、その姿がガラス越しによく見える。
「……くくっ」
「……?」
やっぱり真顔でガン見している漸に笑いつつまったりしていると、間も無くショーは始まった。
教育テレビのオネーサンばりにハキハキしゃべるトレーナーの声で、奥からさっき漸がドン引きしていたセイウチが出てくる。
「……!」
女のトレーナーが隣り合いながら歩いてくる様子が、漸的にはかなり衝撃的だったらしい。
もの凄い形相で見……いや睨んでいる。
うわ、これショー見るか漸見るかスゲー悩みどころだな。
どっちも見てぇ。
それからお決まりのボールや手を振らせるワザを披露したセイウチやアシカ。
子どもが喜びそうな内容だったけれど、漸もわりと楽しめたらしい。
ひたすら未知のモノと遭遇したかのように、正面に視線を集中させていた。
そして終盤に始まった、このショーのメインとも言えるイルカの登場。
「――!」
多分、今日一番の表情はコレだな。
高い位置をジャンプし、頭上遥か高くから降りてきたフープの中を綺麗に通り抜けたイルカたちを見て、漸の表情はとうとう綻び……
3、4頭のイルカが綺麗な半円を描いて水面へと潜っていった後、俺の方を見て笑った。
「すげぇ」
興味に感情が揺さぶられ、その様子がそのまま顔に表れている。
思わず俺も顔が緩み、それからは漸の顔ばかりを見ていた。
……楽しめたようで良かった。
ただの俺のエゴかもしれねぇけど……少しはお前の幸せを増やしてやれたかな。
そんな事を思えば、何だか胸の内が温まっていくような気がした。
***
それから食べそびれた昼食は諦め、夕飯だけ適当に挟みつつ、もう数時間掛けて館内をどうにか全制覇した俺たちは、閉館する頃ようやく水族館を後にした。
漸は名残惜しそうな顔をしていたけれど、「また連れてきてやる」と言えば深く頷いて。
帰り道の漸は朝よりももっと柔和な表情で、外では珍しく俺の腕に手を掛けてきた。
もう周りにはほとんど人がいなかったし、街灯だけの暗さだと然程目立ねぇしな。
漸も安心したのだろう。
「……」
――そして現在、助手席にて爆睡中。
普段眠りの浅い漸が、移動中に眠るのはそれこそかなり珍しい。
「スゲー集中してたもんな」
信号待ちのタイミングで、微笑みながら指先で前髪を目元から払ってやれば、一瞬漸は身じろいだ。
けど、その瞼は持ち上がらない。
「良い夢見ろよ」
どことなく口角が上がっているような漸の表情に、普段は気を張りっぱなしな俺の心も解れた。
漸から視線を外し、ゆっくりとアクセルを踏み込む。
と同時に流れ始めたわりと軽快なジャズのナンバーを飛ばし、スローテンポで静かな曲に変えると、ボリュームを絞った。
今まで悪夢にうなされる事の多かった漸が、これからは幸せな夢を多く見られるようになると良い。
そうなるように俺が、良い思い出を沢山作ってやらねぇとな。
とりあえず今日一日の記憶は、漸にとっても俺にとっても、かなり強烈なものとなっただろう。
……もちろん、良い意味で。
「次はどこ行くか……」
夜空のずっと向こう側で瞬いている星を眺めながら、俺はぼんやりとそんな事を思った。
fin.
***
お……終わった……!
割愛して割愛して、それでもこのボリュームに;
ちょっと書く場所のチョイス誤りましたね^q^;
SSじゃなくて、短編向きだったわこのテーマ……!
とりあえず終始二人が幸せな感じで、私もほっこりしてしまいました。
漸がナチュラルによく笑った!
きっと家に帰って、漸から真面目な報告を受ける瑞貴も、近々陽とデートで行くのでしょう。
そうそう!
食べてる魚はどれ? のくだりは、読者様の妄想(笑)からインスピレーションを得ましたw
愛ですねー☆
2011.9.9