Wants 1st 番外SS

□Original TitleU
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39.Kitties

Side:Zen


「漸、またね」

「あぁ」


 帰りのHRが終わり、途端にざわめき立った教室の中で、今日は俺も早々に席を立った。
 普段は陽が瑞貴を迎えに来るまで、一緒に待っていたりもするのだけれど……今日は早く帰りたかったから。


「巳弘さんによろしく」

「どうせ夜には会うだろ」

「どうかな。今日は会えないんじゃない?」

「何で」

「フリーで、漸とイチャイチャ出来る日なんだから」

「……帰る」

「あははっ」


 からかうような瑞貴の言葉に困惑し、俺は適当に片手を上げると、さっさと教室を出た。

 「イチャイチャ」って単語は、多分陽と瑞貴みたいな奴らに遣われる言葉だと思う。
 あいつらは所構わず、人目があろうが何だろうが、常に30センチ以内の距離感で行動を共にし、時には堂々とキスもする。

 実際当人同士が納得してるんなら、別にそれが良いとか悪いとかは思わないけど……
 そんな瑞貴たちに用いられるような言葉を、巳弘と俺に向けられると何だか変な感じがする。

 いまだに時々、巳弘との「恋人」という関係性を持て余しているのだ。
 頭ではわかっているし、巳弘を目の前にしている時は、そんな細かい事を考えたりはしないんだけど。

 こうして離れている時に、不意に指摘されると何とも言えない気分になる。


「……」


 心臓の辺りが、痛いような……くすぐったいような。
 言葉で表現し難い、変な感じ。
 俺は巳弘の恋人で――巳弘も、俺の恋人で。

 現実なんだけど、夢みたいな感覚。


「……あ」


 無性に巳弘の声が聞きたくなって、普段はほとんど使わない携帯をポケットから取り出した。
 巳弘に引き取ってもらってからすぐに、用意してもらった携帯。
 昂介のとかと違って、まったく飾り気の無いそれの画面を覗けば、一件の着信が残っている。

 “巳弘”

 その名前を見た瞬間、少しだけ鼓動が速まる。

 ――今日は、第四水曜日。巳弘のバーの定休日だ。
 とはいえ巳弘は大抵、数少ない休日でも何かと外出の予定を入れてしまう事が多い。
 でも今日は、久し振りに家にいると言っていたのだ。

 ……というか、俺がいて欲しいと言った。
 学生の俺たちには週末があるけど、巳弘にはそれが無い。
 いくら巳弘が体力に自信のある人間だとしても、最近では流石に無理があるだろうと思って、この間そう伝えたのだ。
 たまには、家でゆっくりしようって。

 そしたら巳弘は笑って、「お前がそう言うんなら」って承諾してくれた。
 その時たまたま近くにいた翼は、すげぇ珍しがっていたけれど。

 翼いわく、俺以外の人が言っても、なかなか素直に休もうとしないらしい。
「これからも、定期的に休めって言ってやって」と、後で頼まれたくらいだ。


『――授業終わったか?』

「うん」

『じゃあ早く帰ってこい。待ちくたびれた』

「もう帰ってるよ」

『結構一日って長ぇんだな。こんなダラダラしたの、久し振りかもしんねぇ』

「今まで何してたの」

『寝てた』

「そっか」


 ちゃんと休んでいたんだとわかり、少しだけほっとする。
 もうすぐ会えるんだから、わざわざ電話で話す必要も無い気がするけど、先に着信を残したのは巳弘だし。
 俺も巳弘とする電話は嫌いじゃないから、取り留めの無い話を続けながら足を進めた。


『ホントに、今日はメシ連れてかなくていいのか? どっか行ってもいいんだぞ』

「いい。今日は俺も、巳弘と一緒にダラダラする」

『ははっ。まぁ、お前がいるんなら暇にはならねぇだろうけど』

「……?」

『つかお前、俺と一緒にダラダラするつもりなのか』

「だめなのかよ」

『だめじゃねぇけど、無理だろうな』

「何で」

『俺はイチャイチャする気満々だから』


 ……出た、「イチャイチャ」。
 どうやら俺の知らないうちに、巳弘と俺の間でも有効な言葉になっていたらしい。
 一瞬黙り込むと、少し不機嫌そうな声が聞こえてくる。


『何だよ、期待してたのは俺だけだって?』

「そうだったら、こんなに急いで帰ってねぇ」

『お前急いでんの?』

「……」

『ふっ、可愛い奴』


 うっかり口を滑らせた自分が、少し恨めしく思えた。
 からかうように笑われて悔しい気もするけど、事実だから仕方が無い。


『早く俺に会いたいか?』

「分かってるくせに」

『まぁな。でも、お前の口から聞きてぇんだよ』

「……会いたいよ」

『俺も』


 シンプルな返事だったけど、それだけでも充分俺は嬉しくて。
 無意識のうちに、さらに歩く速度が速まっていく。


『直でアパートの方来いよ』

「わかった」

『待ってる』

「うん」

『コケんなよ』

「コケねぇよ」

『絡まれんなよ』

「それは、どうしようもないだろ」

『何か吹っ掛けられたら、俺が即行ぶっ潰しに行くから覚悟しとけって伝えろ』

「……」

『じゃ、後でな』


 大人気無い物騒な言葉を残して、巳弘は通話を切った。
 そんな巳弘に、思わず少し口元が緩む。

 ――早く、会いに行こう。
 俺の帰りを待ってくれている、巳弘の所へ。

 昔はなるべく家に帰りたくなくて、どう時間を潰そうか憂鬱だった放課後も、今では俺の一番楽しみな時間に変化していた。



「やっぱり、ここにいたのか」


 合鍵でアパートのドア開けると、丁度廊下を横切っていたのんを見付けた。
 ここに来る途中、いつものんがうろついているバーの裏には姿が見えなかったから、巳弘の所かなとは思っていたけど。

 俺が開けたドアの音に反応して立ち止まったのんは、振り返って俺と目が合うと、進行方向を変えてこちらへと歩いてくる。


「ただいま、のん」

「にゃあ」


 小さくそう答えたのんに手を伸ばし、抱き上げた。
 柔らかな毛並みを撫でながら靴を脱ぎ、廊下を進んでいくと、のんは腕の中できょろきょろと頭を動かしている。


「ん、わかってる。巳弘んとこだろ? 今俺も行くから」

「にゃあ」


 そしてさっきのんが向かっていたのであろうドア――少し隙間の開いていたそこに入っていくと、思った通りの姿があった。
 綺麗に筋肉の付いた身体のラインがよくわかるような、ラフな格好をした巳弘が、ベッドヘッドに背を預けて雑誌を見ている。


「おう、おかえり」

「ただいま」


 そう答えたと同時に腕からすり抜けていったのんが、身軽にベッドへと飛び乗り、巳弘の腿の上に乗っかった。


「何だお前、漸を迎えに行ってたのか」

「にゃあ」

「そりゃ御苦労様」


 優しく笑って背中を撫でてもらっているのんを見て、何となく少し羨ましく思ってしまう。
 じっとその様子を見ていたら、ふと視線を上げた巳弘に手招きをされた。


「……? なに」

「来い」


 不思議に思いつつも、荷物を足元に下ろし、ゆっくりと巳弘の方へ歩み寄っていく。
 ついでに堅苦しかったジャケットもバッグの上へと放ると、巳弘が「ハンガーに掛けろよ」と笑った。


「後で」

「お前って、意外とアバウトだよな」

「巳弘が来いって言った」

「まぁ、すぐに俺に従うのは良い事だ」


 ベッドの前に立つと、すっと巳弘の腕が伸びてくる。
 直後には一気に引き寄せられて、今度は俺が巳弘の腿の上に座っていた。


「――っ」

「のんなら、あそこだ」


 一瞬のんに乗っかってしまったかと焦っていると、巳弘にそう言われてはっと振り返る。
 視線の先では、まるでのんはこうなる事がわかっていたみたいに、いつの間にかデスク前の椅子に移っていて。


「空気を読める奴だからな」

「……」

「んじゃ、改めて。おかえり漸」


 小さく欠伸をしているのんを見ていると、巳弘の指先に顎を取られた。
 そして、すぐに合わさる唇。


「のんにまでヤキモチ妬くなよ。アイツは、お前から俺を奪ったりしねぇって」

「別に、そんな……」

「嘘吐くな。羨ましそうに見てたくせに」


 言い当てられて、俺は恥ずかしくなって俯こうとしたものの、巳弘はまた唇を合わせてくる。
 啄ばむようなキスは優しくて、 どうしようもなく絆されてしまう。

 何より巳弘が嬉しそうだから、もういいやと思ってしまった。
 巳弘が嬉しいんなら、俺も嬉しい。


「――あ」


 続くキスに油断していると、どさりと仰向けに倒された。
 と、巳弘はドアの方をちらりと見遣る。
 つられて、俺もそっちを見てみれば。


「ほんと、空気を読める奴」


 のんはゆっくりと尻尾を振りながら、部屋を出ていくところだった。
 その後ろ姿を見て、巳弘はふっと笑う。


「さり気なく気を利かせる所も、お前とちょっと似てるな」

「……」

「じゃ、せっかくのんが席外してくれたし? 宣言通り、イチャイチャすっか」


 するりと頬を指先で撫でながらそう言った巳弘が、すごく上機嫌に微笑むから。
 俺も思わず、頬が緩んでしまった。


「漸、会いたかった」

「……俺も。巳弘に、会いたかったよ」


 ――そんな、ある日の出来事。


fin.
***

あ……甘いかな? どうだろう(・∀・;)
ほのぼのの方が近いのかしら;

とりあえず、のんと漸に愛される巳弘を書いてみたかったのです。
それと、のんにヤキモチ妬いちゃう漸。笑
やっぱりほのぼのかな(ノ∀`)w

2011.11.20

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