Wants 1st 番外SS

□Original TitleU
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21.魅惑の恋人

Side:Yo


 溜まり場に瑞貴さんが入ってきた瞬間、俺は全神経は一点に吸い寄せられた。
 自ずと顔が強張り、胸の奥がグラリと怒りで揺れる。


「……瑞貴さん、それは何ですか」


 いつも以上に張り詰めたトーンでそう問い掛けたら、テーブルを挟んだ向こう側にいた昂介さんが、即座に反応して振り返った。


「あぁ……ゴメンね、陽」

「どうしたんです?」

「怒らないで。大丈夫だから」


 沸々と湧き上がっている俺の感情を沈めるように、瑞貴さんは微笑んで手を伸ばしてくる。
 その綺麗な指先が俺の頬に触れて、するりと滑った。

 いつ見ても完璧な瑞貴さんの顔に――頬に、傷がある。
 頬骨の辺りから唇の端に掛けて走った紅い線は、少し熱を持っているようで痛々しい。


「一体誰が……!」

「デビューしたての、他所者の子たちだったみたい。俺が俺だって、知らないみたいだったし」


 くすりと笑う瑞貴さんは、俺の肩を宥めるようにぽんぽんと叩いてから、近付いてきた昂介さんの方に向き直った。


「瑞貴、相手何人?」

「俺が会ったのは5人組だったよ。一人だけわりと筋の良い子がいてね……油断しまくってたら、引っ掻かれちゃった」

「マジで。瑞貴を引っ掻けるレベルの奴だったってことかよ」


 昂介さんが同時進行で携帯のボタンを押しつつ、瑞貴さんから情報を吸い上げる。
 その表情はやや曇っていて、色々懸念しているようだった。

 それもそのはず。
 一部の人間しか知らない事だけれど、瑞貴さんは実際、秋斗さんによれば昂介さんよりもやや強いとみなされている人だし。

 瑞貴さんが傷付けれられる程の相手だとすれば、一般のメンバーは歯が立たない危険性も出てくる。


「いやいや、筋が良いって言っても、“白”には入れないレベルだよ」

「……え?」

「丁度眠い時に絡まれてさ……半分夢の中だったんだ。我慢出来なくて欠伸しそうになったら、そのタイミングでやられちゃった」

「……」

「……」


 苦笑しながらそう言う瑞貴さんを見て、昂介さんは何とも言えない顔をした。
 俺も諌めるように瑞貴さんを見れば、瑞貴さんは「だからゴメンって」と肩を竦める。
 相手が瑞貴さんなら、マイペースな所も好きだけれど……これは頂けない。


「……瑞貴、喧嘩中寝るの禁止な」

「気を付けます」

「まったく……無駄に焦ったじゃん」


 昂介さんは若干唇を尖らせつつそう言うと、再びさっきまで対面していた中堅レベルのメンバーの方へと戻っていく。


「中断して悪ぃ。あい、報告続けてー」

「ハイ!」


 昂介さんの指示に下が従うのを見届けてから、俺は再び瑞貴さんの方を見た。


「消毒しましょう」

「大袈裟だよ」

「当たり前です、他の誰でも無い、瑞貴さんの顔ですよ」

「それって深刻なこと?」

「俺が冷静でいられなくなるくらいには」

「なるほど。それは大変だ」


 にっこりと微笑みながらそう言った瑞貴さんは、するりと俺の腕に手を絡めてくる。
 然程身長差が無い為、すぐ間近にある綺麗な顔が近付いてきて、頬に唇を押しあてられた。


「陽は可愛いね」

「……それは瑞貴さんですよ」

「ふ、ありがと」


 機嫌の良い瑞貴さんを連れて、奥の幹部部屋へと入る。

 今日幹部は昂介さんしか来ない日だから、中はガランとしていた。
 開け放たれた窓からは、この季節にしては涼しい風が吹き込んできている。
 午前中まで降っていた雨の影響だろう。


「やっぱり、冷暖房のいらない気温の時って癒されるよね」

「そうですね」

「まぁ俺は、陽の隣が一番癒されるけど」

「俺も瑞貴さんの隣が、一番癒されます」


 瑞貴さんに答えつつ、奥から救急箱持ってきて、消毒液と 脱脂綿を取り出した。
 ソファーにゆったりと座っている瑞貴さんは、それだけでも目を奪われる程綺麗だ。

 その瑞貴さんの顔に、傷を付けるなんて……正気の沙汰とは思えない。
 本当は犯人を探し出して、一発殴ってやりたいくらいだ。

 ……実際そんな私的な理由で行動したら、あっという間に“白”では降格させられてしまうだろうけれど。


「瑞貴さん、こっちを向いて」

「痛そ。どうしてもやらなきゃダメ?」

「俺の為にやって下さい」

「……そう言われると、弱いんだよね」


 ふっと細められた瞳に、さらりとベージュ色の前髪が掛かる。
 その一つ一つの表情が、どれ程魅力的か……この人は、ある程度自覚しているから余計にタチが悪い。
 俺は瑞貴さんに出逢ってから、ずっと翻弄されっぱなしだ。

 細心の注意を払いながら、艶やかな肌に付けられた傷の消毒を行う。
 瑞貴さんは瞼を伏せたまま、ピクリとも動かない。
 かつては敵無しと囁かれていた人間なだけあって、痛みには強いのだろう。


「……終わりました」

「ありがとう」

「早く治ると良いですね……傷って、何を食べると治りが良くなるんだろう」

「ははっ、そんなに深刻にとらえなくても」

「俺にとっては深刻です。他人に瑞貴さんを傷付けられたなんて、耐えられない」


 正直に不満を口にすれば、瑞貴さんはふっと目を細めた。
 緩やかに弧を描いた唇が、誘うように開かれる。


「やっぱり陽は可愛いね。……おいで」


 消毒液等を片付け終えた俺に伸ばされた瑞貴さんの手を掴み、俺はソファーに片膝を着いた。
 そのまま少しだけ首を傾げ、瑞貴さんに顔を近付ける。


「……」


 窓の向こう側から微かなざわめきだけが聞こえてくる、静かな部屋。
 俺が瑞貴さんを求める音だけが、艶めかしく響く。


「ん……」


 一瞬唇を離し、額同士を合わせて目を開けば、ぼやける程近い距離で綺麗な瞳が見えた。

 悪戯っぽく微笑んではいるものの、どこか熱も孕んでいる瞳。
 両手で瑞貴さんの頬と後頭部をとらえ、もう一度深く口付ければ、瑞貴さんの腕が背中に巻き付いてきた。

 剥き出しになっていた首筋に緩く吸い付いていると、瑞貴さんは俺の耳朶を食んでくる。
 瑞貴さんの歯が、カチャリと数個のピアスにぶつかって音を立てた。

 唇にしても、耳にしても……瑞貴さんは、俺のピアスを弄ぶのが好きだ。
 その無邪気とも思える舌先の動きに、俺はいつも煽られる。


「悪戯しちゃダメですよ、瑞貴さん」

「……どうして? 好きだからしてるのに」

「……」

「陽に悪戯していいのは、俺だけでしょ」


 そう囁く瑞貴さんは、やっぱりとても色っぽくて。
 その甘ったるいトーンの声や醸し出す空気に、俺が抗える術は無い。


「……まぁ、そうですね」

「あははっ、ありがとう。陽は俺に、とことん甘いね?」

「今さらじゃないですか」

「うん。そんな陽も好きだけどね」


 ドサリと瑞貴さんをソファーへ押し倒し、衝動のまま覆い被さる。
 多分、今の俺は欲に塗れた目をしているだろう。


「……いいよ。シようか?」


 ――それでも瑞貴さんは、微笑んで俺を誘い続けるんだ。
 その魅惑的な罠から脱け出す方法なんて、一生見付からない気がする。

 それでも……


「……好きです、瑞貴さん」

「俺も。好きだよ」


 彼が、俺の腕の中にいてくれるのなら。
 たとえ罠の中であろうと、俺は幸せである気がした。



「よーうーっ、あのさ、先月の資料ファイル――って、うわぁっ! ちょ、わぁっ!!」

「……あ、スミマセン昂介さん」


fin.
***

被害者は昂介でしたw
幹部しか入れないとはいえ、公共の場で「いいよ」は無いだろう瑞貴……^q^
ラブラブ度がまた上昇した模様です。笑

やっぱり陽×瑞貴の台詞は難しい(>_<)
無い頭を使いますww

2011.9.6

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