Wants 1st 番外SS

□Original TitleU
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32.繋がる先に

Side:Haruka


「あ……れ?」


 久し振りに一人で寮へと帰ってきて、部屋着に着替え終えた後、いつもの通りデスクで黙々と課題を片付けた。
 それなりにずっと集中していたから、はっと気付いた時には結構疲れてしまっていて。

 一息ついてからご飯でも食べようと、紅茶
を入れてソファーに座った瞬間。
 ふとローテーブルの影に、見慣れない物を見付けた。
 カップをテーブルに置き、床に膝を着いて拾ってみれば、やっぱりそれは僕のではない電子辞書だ。


「湊ってば……」


 昨日の――日曜日の午後は、ここで湊と一緒に課題をやったのだ。
 その時は二人で床にクッションを敷き、このテーブルにノートを広げていた。
 湊は集中すると、無意識のうちに床に物を置いたりする癖があるから、そのまま置き忘れてしまったのだろう。

 僕ももっと早く気付けば良かったんだけど、昨晩から今朝に掛けては……その……、えと、ちょっと……湊に流されてしまって。
 今日は臨時の“白”の集まりがあるから会えないという理由で、結構いつもより……うん、凄かったんだよね。


「……」


 うっかり昨晩の事を思い出し、ぶわっと顔が熱くなる。
 油断すると何度も囁かれた甘い声が脳裏に蘇ってしまって、心臓に悪い。
 普段はふざけてばっかりなのに……そういう場面では湊って、本当に別人になるんだよね。
 いつも僕ばっかりドキドキさせられちゃって、ホントにフェアじゃないんだけど。

 にしても、困ったな。
 今日は月曜日で、一週間は始まったばかり。
 電子辞書なんて、ウチの学校ではそれこそかなりの必需品だ。
 英語ではリーディング、ライティング、グラマーとどの授業の予習でも欠かせないし、現文や古典でも、ちょっとした時に辞書を引く事は多い。
 これが無いと、今夜の予習時に凄く困ってしまうだろう。


 時計を見てみれば、まだ外出が禁止される時間までは一時間以上余裕がある。
 瀬那……いるかな。
 瀬那さえいれば、同室の湊に返してもらえるんだけど。

 あんまり遅くなってから訪ねるのも申し訳ないし、行くなら早い方が良いよね。
 そう思って僕は慌てて紅茶を飲み干すと、すぐに電子辞書を持って立ち上がった。
 夜は大分冷えるようになったから、軽くカーディガンでも羽織っていこうかな。

 リビングの灯りを消し、寝室に寄ってアイボリーのカシミア地のカーディガンに袖を通す。
 そして携帯をポケットに入れると、電子辞書とルームキーだけ持って自室を出た。
 かなり身軽だけど、通り向かいの寮棟に行くだけだし、これで充分だと思う。

 一人で寮内のひっそりとした廊下を進んで行けば、各部屋の扉からは、ルームメイトと談笑しているのであろう話し声が小さく漏れてきていた。
 こういう瞬間、ルームメイトがいるのっていいな……なんて思ったりして。

 湊たちと出逢う前までは親が言っていた通り、勉強の邪魔になるだけだし、ルームメイトなんていらないって思っていたんだけれど。

 今思えばあれは、きっと僕にとっては精一杯の強がりだったのだ。
 だって僕は多分……元々は、それ程一人に強い人間じゃない。


『遥は淋しがり屋だよな』

『ちが……っ、そんな事』

『自覚が無いだけだろ。いつも別れ際、行かないでって目ぇしてっから。スゲー可愛いけど』

『……っ』

『なぁ、遥……、誰かと一緒にいたいって思うのは、弱さを見せる事とはまた別の話だ』

『……』

『遥はもっと、甘えていいんだって。ほら、おいで』


 ――僕はずっと、一人でも大丈夫なように育てられてきたし、これからもそうやって生きていくんだとばかり思っていた。
 例え淋しいと感じても、誰かに頼る事で、自分が弱くなりそうで……なかなか勇気が出せなくて。
 さらにはプライドの高い性格まで相まって、僕は本当に厄介な人間だったと思う。

 だけど湊はいつも、その都度ゆっくりと僕の心を解してくれた。
 一つ一つ壁を取り除いて、ちゃんと僕を見付けてくれる。

 ……ううん、僕ですら知らなかった僕を、湊は見付けてくれたんだ。


「……」


 ただ見つめられるだけで、胸がいっぱいになって……
 “好き”ってこんなに強烈な感情なんだって、初めて知って。

 初めて目が合った時よりも……
 初めて言葉を交わした時よりも、
 初めて手を繋いだ時よりも。

 今の方がもっと、ずっと好きになっている。
 一緒に過ごせば過ごす程に、その気持ちは大きく膨らんでいく気がした。


 自動ドアを抜ければ、A棟寮のロビーも、さっき出てきたB棟寮と大して変わらない閑散とした雰囲気になっている。
 時間も時間だし、月曜日だし。
 皆それぞれの部屋でゆっくりしたり、課題をしたりしているのだろう。

 僕は早足でエレベーターに乗り込み、5階の瀬那の部屋へと向かった。
 ちょっとドキドキしながらチャイムを押し、廊下に響くその音を聞きながら、ひたすら反応を待つ。
 けど……


「……いない、のかな」


 もう一度チャイムを押してみたものの、やっぱり反応は無い。
 この時間にいないという事は……もしかしたら、伸先輩の部屋にいるのだろうか。
 湊が“白”の集まりって言ってたから、てっきり皆自室にいるものとばかり思っていたけれど。

 よくよく考えてみれば伸先輩も一人部屋なんだし、瀬那を一人ぼっちでここに残しておくのなら、自分の部屋で待たせておこうと思ったのかもしれない。

 あぁ、無駄足になっちゃったな……。
 少し淋しい気持ちもあったから、瀬那とほんの数分だけでもおしゃべり出来たらなって……思ったんだけど。


「はぁ……」


 しょうがないよね。
 予想以上にがっかりしてしまって、数十秒間その場に立ち尽くしたものの、ここに立っていても仕方が無い。
 同じフロアには由貴と京吾の部屋もあるけれど、お昼に今夜は二人でにDVDを観るって話をしていたし……邪魔するのも気が引ける。

 僕はしょんぼりと肩を落として、とぼとぼと今来た道を戻った。
 この数分間の間に誰かがロビーへ下りて行ったらしく、エレベーターは1階の方に下っている。
 僕はボタンを押し、しばらく1階で停止していたエレベーターが、順々に階数を上げてランプ点灯させていく様子を見守った。
 そして――


「っ!」

「え……?!」


 扉が開いた瞬間、思わず息を飲む。
 僕と同様に、正面に立っていた――湊も、かなり目を見開いていた。


「ちょ、遥?! 何やってんだよこんな時間に……!」

「あ、み、湊……辞書忘れてたからっ! 瀬那がいたら、預けようと思って……」

「うわ、どこに置きっぱにしたのかと思ってたら……遥んとこだったのか。ゴメンな、わざわざサンキュ!」

「ううん、このくらい全然……」


 にっこりと笑った湊につられて、僕も思わず顔が綻ぶ。
 そして電子辞書を手渡すと、名残惜しい気持ちを抑えて、開いたままになっていたエレベーターへと足を踏み出した。

 まだ月曜日だし……湊、疲れてるだろうし。
 早く帰らないと、迷惑だよね。
 偶然会えただけでもラッキーなんだから、我慢しなきゃ……


「おいおい、どこ行くんだよ」

「え?」

「このまま帰すワケねーじゃん。せっかく会えたのに」


 そう言った湊の悪戯っぽい笑顔に、ドクンと心臓が跳ねる。
 そして湊は僕の手首を掴むと、僕にとっては3度目の通過となる廊下を進み始めた。


「遥、もうメシ食った?」

「ううん、まだ……」

「なら一緒に食おうよ。もっと一緒にいたい」


 振り返った湊の細められた瞳に、ふっと甘さが混じる。
 ぎゅっとなった胸を誤魔化すように、僕はただ一度だけこくりと頷いた。


「つーかさ」

「え?」

「こんなグッドタイミングで会えるって凄くね?」

「う……ん、僕もビックリした」

「やっぱ俺たち、運命だよな」

「え……」

「マジで赤い糸があるとしたら、ぜってぇ俺のは遥に繋がってると思う」


 屈託の無い笑顔で、さらりとそんな事を言って。
 もう既に好きでたまらないのに……もっと好きにさせられる。


「よし、たーだいまっ――って、え……?」


 鍵を開けて部屋の中へと入り、玄関の灯りを付けた湊の背中に、僕はたまらずぎゅっと抱きついた。
 湊は言葉を失って、戸惑ったように腕を彷徨わせている。
 それでもすぐに頭に乗せられた、大きな手。


「みなと……」

「……どした?」


 優しい優しい声で名前を呼ばれれば、僕の心臓はさらにきゅうっとなって。


「好き……っ」

「……」

「湊、大好きだよ……」


 恥ずかしいくらいに揺れる声でそう伝えたら、湊はゆっくりと振り返って、今度は正面からきつく抱き締めてくれた。
 頭や額に押し付けられる唇が、あったかくて優しくて。
 涙が出そうになる。


「よしよし、淋しかったな?」

「……」

「……なぁ、遥。これから荷物持って、そっち行っていいか?」


 今日はまだ、月曜日で……きっと湊は疲れてるのに。
 さっき自分に言い聞かせたその言葉を、もう一度頭の中で繰り返す。
 ……でも、ダメだった。


「ワガママで悪いけど、どうしても遥の部屋に泊まりたくなった」


 そうやって僕の為に、自分がワガママを言ってるようなフリまでしてくれる。
 どこまでも僕を甘やかす、その声音と表情で。
 僕の淋しさを、全部埋めてくれるんだ。


「……ごめんね、湊」

「んー、何が?」

「僕のせ――」


 僕のせいで……と続けようとした言葉は、湊の唇で途切れた。
 僕が泣いたり落ち込んだりした時に、いつも宥めてくれる穏やかなキス。
 まるで包まれているような錯覚さえ覚える、不思議なキスだ。


「俺も大好きだよ、遥」

「……みなと」

「だから、何の問題もねぇよ」


 そう囁かれた後、再び唇がぴったりと重なり合う。
 じんわりと熱くなった瞳を閉じて、僕はその優しい体温に酔いしれた。


 湊が言うように、もし本当に赤い糸なんてものが存在するのならば……
 そしてそれが本当に、湊へと繋がっているのならば。

 僕は何よりも、それを大切にしたいと思う。
 だってそれは……

 僕を幸せへと繋いでくれる、希望の糸なのだから。


fin.
***

「好き」が強過ぎて、ちょっぴり切ない。
天然プレイボーイの困ったちゃんな湊ですが、彼的にはちゃんと遥に一途なのです。

そして意地っ張りで強がりな遥には、このくらい甘やかしてくれる彼氏が合うと思います◎

2011.10.10

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