Wants 1st 番外SS

□Original TitleU
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31.family

Side:Zen


 学校で、次の授業までに仕上げておくようにと渡されたプリントを机に並べ、ぼうっと眺めていたらいつの間にか一時間程経っていた。
 並べているだけじゃ変化は無いとわかってはいるものの、全くやる気が起きない。

 そもそも、2問目で早くも躓いたのが原因だ。
 わからないものはわからないし、何がわからないのかがまずわからない。

 また翼に頼んで教えてもらうか……と諦め、プリントをファイルに仕舞おうとすると、不意に携帯の着信音が鳴り響いた。
 基本マメに連絡を取り合ったりする相手もいないから、誰かと思ってディスプレイを見てみれば、着信元は昂介。


「……はい」

『ぜーんーッ、ピザ取んぞ、ピザッ!』

「……ピザ?」

『そ! 今日の夕飯! 瑞貴たちも交えて、皆でピザパーティーだテンション上げろー!』

「……」

『わー! ……ってアレ? もしもし?』


 何だかよくわからないが、とりあえず昂介の言った事を纏めると、巳弘と翼のアパートで一緒に夕飯を食えという事らしい。
 俺は何度か相槌を打つと、通話を切って自分の部屋を出た。

 階段を下りていくと、静かなジャズが聴こえてくる。
 ふと向こう側にある掛け時計を見遣れば、バーがオープンして少し経つ頃だった。

 とはいえ週末以外は大体、巳弘の店は20時半から21時に掛けて客が増え始める。
 今夜も例に漏れず、まだオープンして間も無い店内には人がいなくて、カウンターの向こう側では巳弘が一人グラスを磨いていた。


「……巳弘」

「おう、翼ん所か?」


 出掛ける事を伝えようと歩み寄っていけば、仕事着のシャツを着ている巳弘がコトリとグラスを置いて微笑み掛けてくる。
 それにつられて俺も表情を和らげながら、一度だけ頷いた。


「ピザだって」

「へぇ、賑やかそうだな。いっぱい食ってこいよ」

「そんなにはいらない」

「美味かったやつ、俺にも少し取っといてくれ」

「……わかった」

「あ、ならついでに、今夜はのんの世話も頼んでいいか?」

「わかった、連れてく」

「助かる。じゃ、楽しんでおいで」

「うん……行ってきます」


 額に触れるだけのキスをされ、思わず顔が綻ぶ。
 俺は「仕事頑張って」と一言伝えてから、巳弘に背を向けてバーを出て行った。

 いつの間にかすっかり日は沈んで、空には月と星が出ている。
 ……雲の少ない夜空だな。

 数十秒間頭上をたっぷり眺めてから、俺は裏道へと歩いて行った。
 途中でバーの裏口へと寄り、丸くなっていたのんを呼んで、抱き上げて。
 通い慣れた道を進み、すぐそばにある巳弘のアパートへと向かう。


「……のん、今夜は結構人多いぞ」


 そう言って背中を撫でてやったら、のんはきょとんとした顔で俺の方を見上げてきた。
 のんも人見知りだからな。


「でも俺も一緒だから、平気だろ」


 そう言ったら、のんは「にゃあ」と答えた。


「お、漸。来たか」

「うん」


 アパートの中に入り、最初に洗面所にあるタオルを濡らしてのんの脚を拭いてあげていると、翼が廊下を通り掛かった。
 翼も俺と同じように、楽な部屋着に着替えている。
 とはいえ長身の翼だと、何でもだらしなくは見えないんだけど。
 巳弘も翼も、やっぱり世間的に見たらかなり男前なんだろうな。


「おー、のんも来たか。お前漸好きだなー」


 俺の腕の中に収まっているのんの頭を、翼は大きな手で撫でる。
 気持ち良さそうに目を細めているのんを見ていたら、不意にリビングの方から昂介の声が聞こえてきた。


「つーばーさー!」

「はいはい、どうしたよ」

「ねー翼、俺さぁ……って、うぉっ、漸!」


 翼の後についてリビングに入っていったら、いつもより甘えたような声音で翼に話し掛けていた昂介が目を見開いて真っ赤になった。
 一方翼はそんな昂介を見て、若干ニヤニヤしている。
 こういう所を見ると、やっぱり翼って時々巳弘に似てる気がするんだよな。
 巳弘もたまに俺が戸惑ったり照れたりすると、大体そういう顔をするし。


「翼……っ、漸来てるなら教えてって!」

「別に良いじゃねーか、気にしてんのお前だけだっつの」

「いやいや……って、ちょ、まっ」


 翼が屈み込んで昂介の首筋に顔を近付ければ、昂介はまた心配になるくらいに真っ赤になる。
 よくやるよな、翼も。
 俺はのんを抱えて昂介たちを素通りし、ソファーの端へと腰を下ろした。
 と、向こうの方でガチャリと扉の開く音がする。


「ただいまー」

「お邪魔します」


 リビングの扉が開くと、制服のままの瑞貴と陽が入ってきて。
 昂介がさっき電話で言っていた通り、このリビングには5人の男が集まった。

 翼と昂介、巳弘と俺……という組み合わせで4人揃う事はよくあるけれど、このメンバーはちょっと珍しい。
 4人も5人も数字的に見れば大して変わらない気がするものの、実際こうして見るとリビングが若干狭い気がしてくる。


「お帰り、瑞貴」

「ただいま」


 ソファーに座ったまま陽を見上げれば、にっこり笑って俺の頭に手を乗せてくる瑞貴。
 隣に立っていた陽は、俺に「こんばんは、漸さん」と会釈してきた。
 何て答えたら良いのかいまいちわからなくて、俺は「あぁ」と一言だけ答える。


「ピザまだかなー、まだかなー」

「昂介落ち着け」


 そわそわとカラフルなピザが載っている広告を眺めながら立ったり座ったりしたりしている昂介に、翼が呆れたようにそう言った。
 瑞貴はそんな二人を見て笑いながら、陽を連れて俺の隣に腰を下ろしてくる。

 このソファーは、3人までなら余裕で座れる広さがあるものの……ちょっと気まずい。
 移動しよう。
 俺はさり気なく立ち上がり、いつも座っているテーブルの席へと移動した。


「ね、陽。今日お風呂一緒に入ろうか。またシャンプーしてあげるよ」

「いいですけど、今度悪戯したら二倍で返しますよ」

「えー、ベッドで?」

「そうなりますね」

「ふ、それも楽しいかも」

 
「……!」

「こーすけ、盗み聞きしてんなよ。やらしー」

「ちがっ、だ、だって!」

「どっち想像したんだよ? 瑞貴の方? 陽?」

「してない! してないって!」

「ほら正直に言え。陽だったらお仕置きな」

「え……!」

「……嬉しいのかよ」


 ……のんを連れてきて良かった。
 のんを膝に乗せたまま、ぼうっと付けっ放しになっているテレビを観ていると、不意に玄関のチャイムが鳴った。
 翼が対応しに行くと、昂介は食器棚の方へ向かう。
 俺ものんを一度下ろして手を洗うと、昂介の方へ歩み寄った。


「昂介、手伝う」

「おー、じゃあコップ配って」

「わかった」

「俺も手伝うよ、昂介」

「じゃあ瑞貴は皿を……」

「ふ、昂介ってば、意外とちゃんとお嫁さんしてるね?」

「およ……っな、何言ってんだよ!」


 昂介があたふたしている間に、翼が戻ってくる。
 その手には、箱が4つ重なっていた。


「わー、結構頼んだね」

「全員の好みを網羅しようとしたら、こうなった」

「まぁ、巳弘さんの分もとっておくなら6人分だし……普通か」

「つか何か、やたらとサービスも付いてきたんだけど。ナゲットとか」


 瑞貴と翼のそんな会話を聞きつつ、冷蔵庫から何種類かの飲み物を運んでいくと、陽が立ち上がって手伝ってくれる。


「注ぎますよ」

「あー……じゃあ、これ昂介ので、これが瑞貴の……」

「わかりました」

「俺、のんのエサ用意してきていい?」

「はい。後は俺がやっておきます」

「……ありがと」

「いいえ」


 後は陽に頼んで、俺はずっと足元を付いて回っていたのんのエサを用意した。
 巳弘の話によると、猫には猫のエサをあげないと、体に毒になってしまうらしい。
 袋から一定量のエサを皿にあけ、いつものんが静かに食べている窓のすぐ下辺りに持って行ってやる。

 くるくると俺の足回りを歩いていたのんは、皿を置くと一度だけ「にゃあ」と鳴いて、大人しくエサを食べ始めた。
 それを見届けてから、俺はテーブルの方に向き直る。


「その子、ほんと漸には懐いてるよね。可愛いでしょ?」

「うん、可愛い」


 くすりと笑った瑞貴にそう問われて、俺は一度頷いた。
 今まで動物と意識して触れ合った事なんてほとんど無かったけれど、のんは本当に賢いと思うし、一緒にいて気分が安らぐ。
 今や放っておけない存在になりつつあって、毎日何度かは顔を見るのが習慣になっていた。


「じゃあ食うか。ほら、漸」

「ありがと」


 翼に皿を渡されて、皆が思い思いの箱に手を伸ばす姿を見ながら、俺もとりあえず近くにあったやつを取った。
 デカイトマトと、葉っぱが乗ってるやつ。


「……これ何?」

「あぁ、それバジル。つか照り焼きチキンやば! うまっ! 漸も食べてみ」

「……」


 隣に立っていた昂介に尋ねれば、ついでといわんばかりに強制的に皿に2枚目を置かれた。
 ていうか昂介の皿、既に溢れそうだし……
 食べる前から胃もたれしそうだと見ていると、そんな俺を見た翼が吹き出して、それにつられた瑞貴も笑っていた。


「瑞貴さん、こっちにハワイアンがありますよ。良かったですね」

「本当?」

「あぁ、それ瑞貴用。つか俺、それ初めて頼んだわ」

「翼、ありがとう」


 陽が指差した先のピザを見て、瑞貴の表情が一気に華やぐ。
 何だろうと凝視していると、昂介が「あれ、パイナップル乗ってんだよ」と教えてくれた。


「へぇ……」

「わぁ、俺これ食べるの何年ぶりだろう。いつも周りが食べたくなさそうで、頼めなかったんだよね」


 嬉しそうに微笑む瑞貴を見て、陽も翼も昂介も、何となく嬉しそうに微笑んでいる。
 と、俺と目が合った瑞貴が話し掛けてきた。


「漸、食べたことある?」

「無い」

「あーん」


 瑞貴が食べていたピザを差し出され、俺は反射的に口を開ける。
 一口だけかじると、パイナップル独特の甘みが広がった。


「食べれそう?」

「うん」


 ていうか多分これ、巳弘が好きだ。
 瑞貴程じゃないけど、実は巳弘も時々甘いものを食べてた気がするし。
 俺は巳弘用に空いていた皿を一枚とって、瑞貴に「一枚もらっていい?」と尋ねた。
 瑞貴は「もちろん」と言って皿に乗せてくれる。


「やばー! ツナマヨうまっ」

「昂介は何でも美味いんだろ」

「陽、どれ? 取ってあげるよ」

「すいません。じゃあ、漸さんが食べてるイタリアンバジルの……」


 わいわいとそれぞれがしゃべっている中、俺は巳弘の分を先に取り分け終えると、自分の皿だけ持って空いたソファーへと戻った。
 向こう側ではもうすぐ食事を終えるのんが、機嫌良さそうに時々こちらを伺っている。

 いつの間にか、人が多くても居心地が悪いと思わなくなった。
 ……いや、学校では相変わらず気が張るから、共に過ごす相手の問題なのだろう。


『楽しんでおいで』


 巳弘はそんな俺の変化に、先に気付いていたのだろうか。
 俺はそんな事をぼんやり思いながら一枚目を食べ終え、次はさっき昂介が乗っけてきたやつを口に運んだ。


fin.
***

……やだ、和んだ(ノ∀`)w
最近では、ほのぼのテイストも最早レギュラーメニューとして書いていますが……今日のは特に、書いていて和んだ気がします。笑
楽しそうだ。

まぁ、突っ込み所は終始あった気もしますが^q^ww

あとは陽→漸の接し方がどことなく小姑的になっていて、地味に面白かったです。笑
漸て瑞貴から見たら弟みたいだけど、巳弘の恋人だし……陽から見たら義弟なのか、それとも義兄さんなのか……いやその説からしたら、漸がこの中で一番義兄なのか……?

何はともあれファミリー感が濃くなってきて、皆とても楽しそうです^ ^

2011.10.7

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