Wants 1st 番外SS

□Original TitleU
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30.more and more
Side:Yuki


 バタバタと室内を駆けているケイの足音を聞きながら、俺は制服から私服に着替える。
 退屈な週末――勉強に縛られていた時間から解放されて、ようやく肩の力が抜けた。

 俺はそこまで勉強に命を賭けるタイプではないものの、 校内模試は校外模試と違って成績に響くから油断出来ない。
 模試で失敗した上、定期考査でも赤点とかになったら、マジで留年の危機になるし。特に数学。


「ゆーきーっ、俺もう行くね!」

「早っ。もう支度終わったのかよ」

「愛の力です!」

「はいはい、そうすかー」

「あっ、翼から電話きた! もしもーし! ……え、もう着いたの? うん、行く行く、今出るから……あ、由貴行ってきまぁす!」

「あーい」


 泊まり用のバッグを肩に掛け、携帯を耳にあてたまま手を振るケイに、俺もひらひらと手を振り返す。

 ウチの学園では、明日・明後日が振替休日で連休だ。
 それに合わせてケイは神崎の元へ行くらしく、寮に帰ってくるなり猛スピードで支度を始めていた。


「愛の力か……」


 まぁ確かに、休みが出来る度に通い妻ばりに神崎の元へ行くって、すげぇ愛だよな。
 つか俺的にはむしろ、毎回送迎をしてくれているらしい、あの翼とかいうお兄さんがスゲー愛だと思うけど。
 嵐のように騒いで去って行ったケイを見送り終え、俺は大きく伸びをした。

 堅っ苦しい制服も着替えたことだし、俺も涼のところへ行こうかな。
 携帯を掴んでポケットに突っ込むと、俺はルームキーのみ持って自室を後にした。
 すげぇ身軽だけど、着替えとかは何着か涼んとこに置いてもらってるし。
 身一つで大丈夫だろ。

 足取りも軽くエレベーターに乗り込み、真っ直ぐに涼の部屋へと向かう。
 こういう時、同じ学園の生徒だとほんと便利だよな。
 会おうと思えば、すぐに会いに行ける距離にいるわけだし。
 ……涼が先に卒業したら、俺どうすんだろ。


「……」


 ちょっと想像したら、何か気分が悪くなってきたからやめた。
 先の事は、また先になったら考えれば良い。
 せっかく試験から解放されたのに、わざわざテンションを下げることはない。

 さっさと涼の部屋の前に立ち、スペアで鍵を開けて中に入った。
 と、リビングの方から涼の声が聞こえてくる。


「……?」


 カチャリとドアノブを回せば、ソファーに座って携帯で話している涼が振り返った。
 ……何だ、話し中か。
 じゃあとりあえず、何か飲んで待ってようっと。

 そう思って俺は勝手知ったるキッチンに入って、俺用に置いてあるカップを出し、これもまた俺の為に用意してあるココアを飲もうと棚を漁った。
 あ、あったあった。


「……あぁ、わかってるって。忙しいんだよ、しょうがねぇだろ。……あぁ」


 ……つか、誰と話してんだろう。
 普通にまた“白”の連中だろうと思ったけど、何つーか……相手がメンバーにしては、トーンがちょっと優し過ぎる気がする。


「はいはい。……今度付き合うから」


 ……は?


「来月な……おう、空けとく。わかったから。もう切るぞ、人来てんだよ」


 ……いやいや、来月空けとくって何だよ。
 どこに誰と何しに行くんだよ。
 つか何で「人」?
 何で俺って言えねーの?

 狭量なのは重々承知だが、こういう事になるとどうしても自制が利き難くなってしまう。
 知らず知らずのうちに眉間にシワを寄せていた俺は、ココア作りを一時中断して、ずかずかと涼の方へ歩いていった。


「あぁ、わかった。じゃーな――って、オイ」


 涼が電話を切る直前、俺はソファーの後ろから屈み込んで、涼が持つ携帯に頭を寄せる。
 と、耳に届いてきたのは「絶対だからね。じゃあ、また」という女の声だった。声だけ聞けば若くて、色気のある感じ。

 ……は? 何でコイツ女と電話してんの。


「お前何やってんだよ」

「涼てめぇ……」


 突然盗み聞きをした俺に、呆れたような目を向けてきた涼を睨み返して、俺はソファーの前に回り込んだ。
 そして涼の手から携帯を奪ってテーブルに放り、腕を組んでもう一度睨みつける。


「投げんなよ、壊れんだろ」

「誰だよ」

「あ?」

「女。何でお前が女と話してんの」


 もやもやどころの話じゃない不快感が、俺をより一層焚き付けて。
 ぐっと奥歯を噛み締めながら、涼の視線がブレないかじっと見つめた。
 ……隠す気は、無ぇみたいだけど。


「あのなァ。もしこれが浮気なら、うかつ過ぎるだろ」

「はぁ? 浮気だと思ってたら、既にぶん殴ってアソコも蹴り潰してるっつの」

「……相当物騒だな。じゃあ何怒ってんだよ」

「今言っただろ、何で女と電話してんだって!」

「女と電話しちゃいけなかったのか?」

「当たり前だろ!」

「ははっ、何で当たり前なんだよ」


 人がすげぇ怒ってんのに、何がおかしいのか笑う涼。
 宥めるように伸ばしてきた手をぱしりと払い、俺ははぐらかすなと涼に掴み掛かった。


「お前って、相当俺が好きだよな」

「うるせぇよ、早く答えろ!」

「そんなに妬けんの?」

「……っ」


 この期に及んではぐらかしてくる涼に、何か目が熱くなってきた。
 早く答えろよ。
 マジで、すっげぇムカつく。


「あー、わかったって。泣くなよ、マジで浮気相手でもその予備軍でもねぇから」

「……泣いてねぇよ」

「泣きそうだけどな」

「つか早く言え!」

「はいはい。今のは姉貴だって」

「…………は?」


 さらっと言われた言葉に、俺は一瞬言葉を失う。
 は? 今何つった?

「……は? あね……姉貴?」

「あぁ」

「はぁ?! お前姉貴いたワケ?!」

「そういう事だな」

「なん……っ、いや、でも、今までそんな……」

「あー、そういや話した事ねぇよな。歳の離れた姉貴で、もう結婚して実家も出てるし。帰省してもほとんど会えねーから、話題自体上がんなかったっつーか」

「……へぇ……」


 さっきまでの怒気はどこへやら、初めて知った新事実にしばし呆然とする俺。
 結婚してる姉ちゃんがいんのか……歳離れてるって言うわりには、声若かったけど……。


「……涼に似てんの?」

「いや。姉貴の方が目ぇデカイし、化粧してたら多分わかんねぇと思う」

「ふーん……ていうかそれなら最初に言えよ! 無駄に怒っちまっただろ」

「お前が勝手にキレたんじゃねぇか」

「涼が浮気云々とか言うから、こんがらがったんだよ! まじタチ悪ぃ……!」

「オイオイ、人の携帯投げといて、疑いが晴れても謝罪ナシかよ」

「……」

「由貴、もう少しキツめの躾した方がいいか?」


 そう言って涼はそっぽを向いていた俺の顔を掴み、自分と視線を合わさせた。
 口元は笑っているけれど、目が笑っていない。


「……」

「俺に言う事があるだろ。ほら、言え」


 ぐっと頬に喰い込んできている指が痛い。
 ……チクショウ、すっげぇ悔しい。
 けどこういう時に逆らうと、涼マジ怖ぇんだよな。

 俺は仕方なく、ぼそぼそと「ごめん……」と呟いた。
 途端に顔が解放され、ぽんと頭に手を乗せられる。


「しょうがねぇな、許してやるよ」

「……」

「何だよ、何か不服か?」

「……何でも無いですよ」


 むすっと顔をしかめていたら、突然腕を引っ張られてバランスを崩した。
 驚いている間に身体を持ち上げられ、涼の膝に乗せられる。
 俺だって男なのに、こうも軽々と扱われると複雑な気分になるんだけど……。


「何……」

「んな顔すんなって。可愛いだけだぞ」

「……可愛いなら放っとけば良いだろ」

「ははっ、成程。それもそうだな」


 言いながら俺の頬に手を添え、髪に指を差し入れてくる涼。
 その感触に目を泳がせていると、不意にぐいっとまた涼の方を向かされた。
 次の瞬間には、咥えられた唇。


「……っ……」


 あぁもう、ほんっとすげぇ悔しい。
 ……コイツに惚れ過ぎているこの状況が、マジで悔しかった。


「……っん」


 緩やかに侵入してきた舌先が、上顎をゆっくりと擦っていく。
 結局俺の好きなキスをされて、簡単に息が上がってしまったりして。
 頭がクラクラしてくるような快感を伴うキスで、瞳はうっすらと潤いを帯びてきた。

 身体も、心も……結局のところ涼が相手だと、俺は良くも悪くも過剰反応してしまうのだ。


「……機嫌直ったか?」

「……」


 その低い声が、すぐそばで甘く響くだけで胸が一杯になる。
 俺は涼の肩口に顔を埋めると、無言のまま抱きつく腕に力を込めた。


「っとに、可愛い奴」


 何とからかわれようと、どうしても独占したい気持ちは隠しきれなくて。
 この体温が、声が、視線が、特別な意味を持って他人に向けられたら……と思うと、冷静ではいられなくなってしまう。

 耳朶を甘噛みされる感覚に身体を震わせつつ、俺は身を起こすと、もう一度涼の唇に自分のそれを押し付けた。


「これだけ可愛がってても、まだ妬かれるってスゲーよな」

「……」

「とりあえず、何か飲み物でもいれるか」

「……なぁ……うざい?」

「あ?」

「……もう少し俺、我慢した方がいいのかな」


 深いため息を吐きつつそう呟けば、涼は意外そうな顔をして俺の顔を見てきた。
 ……わかってるんだっつの。
 付き合う期間が長くなれば長くなるほど、どんどん涼への気持ちが大きくなってきて。
 それに比例して、嫉妬心とかもさらに強くなってきた気がするっていうか。


「俺はお前のそういう、感情にオープンな所は長所だと思ってるけど」

「え……」

「別に今のところ、鬱陶しいと思った事はねぇよ。俺もそういう部分はあるから、お互い様だろ」

「……」

「それに俺がモテるのも事実だし。心配になる気持ちもわかる」

「そういう事自分で言うか?! 腹立つな!」


 キッと目を吊り上げれば、ムカつくぐらい余裕の表情で微笑む涼。
 何だかんだで、そういう所も本当はカッコイイとか思ってる辺り、俺も大概アタマが沸いているんだと思う。


「覚えてろよ……!」

「あぁ、楽しみにしておく」


 フッと笑いながら、俺が作り途中だったココアを仕上げてくれる涼を見つつ、俺はさっき放った涼の携帯を眺めた。

 ……ほんと、相手が家族で良かった。
 涼があんな優しい調子で話すような女友達が本当にいたら、絶対今もまだもやもやしてただろうな。
 そんな情けない自分にもう一度溜息を吐きつつ、俺はカップを持って隣に戻ってきた涼に背中を預ける。
 とりあえず、糖分を取ろう。


「なぁ涼」

「んー」

「……マジで、浮気はすんなよ。多分俺、大変な事になる」

「だろうな。安心しろ、しねぇから」


 甘いココアを飲みながら聞いた言葉に、ようやくほっとして顔が綻んだ。
 ……ほんと、恋愛って厄介だよな。

 そんな事を思いつつ、せっかく久し振りの連休前なんだし、今からは仕切り直して存分に甘えさせてもらおうと俺は振り返った。
 二人の時間は、始まったばかりだ。


fin.
***

涼×由貴って、嫉妬ネタ多くて申し訳無いっす;
どうしても定期的に由貴を虐めたい衝動に……←

そして涼に姉がいた件。
私が姉で(ry……嘘です、ごめんなさい。
いつか登場させられたら良いな*^ ^*

2011.10.5

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