Wants 1st 番外SS

□Original TitleU
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26.優しい手

Side:Haruka


『はーるか』


 不意に名前を呼ばれて、僕はくりっと後ろを振り返る。


『遥、おいで』


 にっこりと笑った湊を見て、思わず胸がきゅうっとなって。
 一瞬視線を彷徨わせれば、また『はるか』と甘い声で呼ばれた。


『湊……』


 一歩、また一歩と湊の方へと歩み寄っていく。

 もっと、その声で僕を呼んで。
 もっと、その目で僕を見つめて。
 いつもみたいに、ぎゅーって抱き締めて欲しいよ。

 普段なかなか素直になれないものの、身体は正直なもので、段々早歩きになっていく僕。
 湊は綺麗な微笑みを一層深くして、両手を僕の方に差し出してくれた。


 好き、好きだよ、大好き。
 もっといっぱい、伝わりますように。

 そんな願いを込めながら、僕は湊の腕に飛び込んだ。



「――え」


 はっと目を開ける。
 一瞬何が起きたのかわからなくて、僕はしばらく呆然としていた。
 ここは図書室の奥にある、個別で仕切りのある自習部屋。

 今日湊は、“白”幹部の集まりがあるとかで……学園と寮のエリアからは出るなと言われていた僕は、暇潰しをするために図書室でレポートを書いていたのだ。
 つまりは……


「ゆ、夢……」


 うわぁ、酷い。これは酷過ぎる。
 僕ってば、何て夢を見てるんだよ……!

 一人回想して、思わず真っ赤になってしまった。
 まるで思春期真っ只中の、中学生みたいだ。

 僕は慌てて首を振り、溜息を吐く。
 もう、やだなぁ……毎日、深みにハマっていっている気がする。
 これ以上好きになったら苦しいから、嫌なのに。

 湊はいつもいつも僕に優しくしてくれるから、どんどん好きな気持ちが大きくなってしまうんだ。


「はぁ……」


 色んな意味でもう一度溜息を吐き、僕は机に出ていた携帯を眺めた。
 ――やば、もうすぐ閉館の時間じゃん。
 急いで荷物を通学バッグにしまいこみ、席を立つ。

 もう学生はほとんど帰宅しているらしく、図書館のように広い図書室内はすっかりガランとしていた。

 ほんの少し前までは、こういう誰もいない空間はほっと出来る気がして、大好きだったのに。
 短期間で僕も随分変わってしまったらしい。
 寂しいかも、なんて感じるのだから。


 足早に自動ドアを抜け、すっかり日の落ちた外へと踏み出す。
 最近では、放課後になれば大抵湊が隣にいてくれたから、やっぱりどこか違和感があった。

 今夜は湊、他の人とご飯食べてくるのかなぁ。
 もしそうなるなら、早めに連絡するって言ってたけど……。

 携帯を眺めてみても、特に連絡は無い。
 この時間まで何も無いということは、普通に僕の部屋に帰ってきてくれるのだろうか。

 それならば急いで夕飯の支度をしないと――と若干焦りを覚え、早歩きし始めると。
 学園の敷地を出てしばらくした所にある曲がり角を曲がった拍子に、誰かと激突してしまった。
 ドンッという鈍い音が頭に響き、思わず尻もちを着いてしまう。


「い……った」

「ってぇな、気を付けろよ!」


 ドスの利いた声でそう言われて、思わずビクッと身体が跳ねる。
 た……確かに僕の不注意でもあるけれど、それはお互い様なのに。
 若干不満に思って顔をしかめながら立ち上がると、相手はまた突っ掛かってきた。


「んだよその顔は! 謝れ!」

「っ!」


 年齢はかなり近そうだけど、多分ウチの学園の生徒ではない。
 近隣住民の人かな? にしてもガラが悪い。
 そんな事を思いながら、一回り大きな身体の相手にきつく腕を掴まれ、青褪めていると。


「あ、それアレじゃね? “白”幹部のお気に入りの……」

「は?」


 相手の背後にいた別の男が、目を丸くして僕を見た。
 その声に反応した目の前の男は、困惑したように後ろを振り返る。

 “白”というワードが出た事は、今の状況では吉と出るか凶と出るか……。
 僕は息をのんで、成り行きを見守った。


「え、マジで?」

「何か背丈も顔も見覚えあんだけど。どいつのお気にかわかんねぇけど……雰囲気的に、神崎か須藤の相手じゃね?」

「……」


 じろじろと見られて、徐々に恐怖感が増してくる僕。
 そんな僕の顔を見ていた彼は、数秒の後、ふと腕を掴んでいた手を緩めた。


「……チッ、しょうがねぇな。確かに見覚えある気ィするわ」

「だろ。下手に手ぇ出すと容赦無く沈められるって話だし。関わんのやめとこーぜ、メンドイ」

「だな」


 どうやら今日は、吉と出たようだ。
 湊の話によれば、この辺――学園や寮回りのエリアは特に、ちゃんと涼先輩とその身内にあたる人たちの情報が浸透しているらしく、下手に手を出される可能性はかなり低いという事だった。

 あの話は本当だったのだと、恐怖で強張った身体ながらぼんやりと思う。
 と、鬱憤晴らしといわんばかりの勢いで、最後に目の前の男に突き飛ばされた。


「わっ!」

「命拾いしたな。つーか、こんな時間にウロついてんじゃねぇよ、うぜぇ」


 吐き捨てるようにそう言い残して、相手は連れと共に夜の闇へと消えて行く。
 不本意にも二度目の尻もちを着いた僕は、悔しさに唇を噛み締めながらも、のろのろと立ち上がって砂を払い、近くに転がったバッグを拾った。

 あぁもう、何てツイてないんだろう。
 また絡まれないようにきょろきょろしつつ、急いで寮へと戻りながら僕は腕をさすった。
 さっき掴まれた部分が、ジンジンと痛む。


 やっぱり不良の人って、力が強いんだな。
 湊はいつも、まるで壊れ物に触れるみたいに僕を扱ってくれるから……時々、そういう事を忘れそうになる。

「こっち来て」と腕を掴まれる時も。
 頭を撫でられる時も。
 立ち上がる時に手を差し出される時も。
 抱き上げられる時も。
 肩を叩かれる時も――

 思い返せばいつだって、湊は僕に優しく触れてくれた気がする。
 僕は男で、女の子なわけでもないのに。

 それでも、あんなに優しいのは……湊が僕を想ってくれているからに他ならない。
 そんな当たり前の事を、今更自覚した。


 会いたい……な。

 そう思いながらカチャリと自室に入り、電気を付けると。
 丁度そのタイミングで、携帯が鳴った。
 やけに響いたその音に、僕は一瞬ビクリとしながらも携帯を開く。

 と、湊から『今から向かうよ』の文字。
 自然と、笑みが零れた。


 ***


「やっぱ遥のメシが一番美味い!」

「あ、ありがと」

「スゲー満足。あー、すっかり胃袋掴まれたもんだよなぁ俺」


 あの後30分程で湊は僕の部屋にやって来て、現在は一緒に食事を終えたところだ。
 今日は湊が好きな和食だったせいか、いつにも増して機嫌が良い。

 湊が嬉しそうな顔をしていると、僕も嬉しくなってくる。
 簡単に片付けを済ませた後、僕はソファーに座っている湊の隣へと腰を下ろした。

 瞬間、にっこりと微笑んだ湊が手を伸ばしてくる。
 そして僕は、あっという間にその腕に包み込まれた。


「今日もご馳走様。サンキュな?」

「あ、ううん。そんな、大した事じゃ……」

「あー、遥だ。癒される」


 もごもごと口ごもる僕を、後ろからぎゅうっと抱き締めてくる湊。
 こめかみから頬へと、湊の唇が滑り下りてくる。

 やっぱり湊は優しいな……としみじみ思っていると、不意にぱっと手を掴まれた。
 さっきの不良とは全然違う掴み方だけど、振り払うには強い力。


「――手のひら、どうした?」

「あ……」


 湊に指摘されたのは、さっき尻もちを着いた時に擦り剥いた手のひらの傷。
 湊は無言のまま、親指でそっとその傷をなぞってくる。


「転んじゃって……」

「派手に転んだな。躓いたのか?」

「う、ん……」


 思わず俯きながらそう答えれば、手を掴んでいない方の手で顔を上向けられて。
 数秒前までの表情とは打って変わって、真摯な瞳で見つめられる。


「本当?」

「……っ」

「この傷に、他の人間は関わってねぇ?  自分一人の時に転んだのか」


 そう問われて、僕は「あ……」と声を漏らした。
 ゆっくりと顔が近付いてきて、唇が重なる。
 穏やかに触れ合ったそれはほんの数秒で離れていき、ふと目を開けると、湊は微笑んだ。


「ほら、話して」

「ご……めんなさ、い」

「それは、何へのごめん?」

「最初から、ちゃんと……言わなくて……」

「そうだな、それは悪い癖だな」


 そう言いながらも、湊はまた頭にキスをしてくれた。
 僕はもう一度「ごめんなさい」と呟いてから、ぽつりぽつりと話をする。

 どうしても、心配を掛けて面倒だと思われたくない……と思う気持ちが先行して、いつもすんなり言えないのだ。
 こんな意気地無しの僕に、湊は優しくしてくれる。

 ――本当に、僕には勿体無い程の恋人。


「マジでか。突き飛ばすとか、まだ身の程を弁えてねぇな……」


 そう呻くように言った湊のトーンは低く、僕といる時の声音とは全然違う。
 いつも思うけれど、本来は湊もそれなりに不良って感じの人なのだ。

 それでも僕が委縮しないで済んでいるのは、やっぱり湊が気を遣ってくれているから。
 ふと視線を上げれば、湊はしかめていた表情をふっと和らげた。


「他に痛ぇ所は? 怪我してねぇ?」

「うん……ちょこっと、ココが痣になるかもだけど」

「そか。可哀相に」


 ほんのり青くなっている肘を見て、その部分にキスをしてくる湊。
 まるで王子様みたい……すごく自然にされたけど、普通の人がやったら相当キザなアクションだ。

 ぶわっと赤くなった顔を隠すように俯けば、また頬に口付けられた。


「遥、好きだよ」

「……」

「好きだ」


 胸がきゅうっと締まる。
 僕は抱き締めてくれる湊の手に自分の手を重ねると、おずおずと口を開いた。


「僕も……」

「ん?」

「僕も、湊が……大好き」


 そう言ってすぐに、恥ずかしくなってくるりと向きを変え、湊の肩口に顔を埋めた。
 きっと、耳まで赤くなっている。


「ふ、かわいー」

「……」

「ほんと、堪んねぇわ」


 そう囁かれた後、簡単に身体を引き剥がされて、また唇が重なった。
 それから数回重ね直される合間に、密やかに笑う声が聞こえてきて。
 その優しい雰囲気に、僕はまた深く湊に陶酔していくのだ。

 これからも、ずっとずっと。
 この優しい人が、僕の隣にいてくれますように……。

 そう願いながら、
 僕は絡み合った指先を、きつく握り返した。


fin.
***

どっちもどっちでメロメロ(死語w)です。
多分二人っきりだと、このCPもとことん甘い。
っていうか甘くないCPとかいるのかって話ですが。笑

「触れ方」というのは、BLならではの楽しみポイントな気がするんですよねぇ。
「相手は男だけど、好きだから優しく触れる」って、とっても素敵。
こういう小さい所に、萌を感じる私です。

2011.9.20

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