Wants 1st 番外SS

□Original TitleT
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15.雨の降る日に

Side:Sena


「うわぁ、本格的に降ってきたね……」

「ね……」


今日最後の授業は体育だった。
お昼の時点からどんよりとした雨雲が空一面を覆っていたものの、時折小雨がパラつく程度では、外での授業は中止にならなくて。

小雨が降ったり止んだりする中、俺たちは教師の指示に従って校庭を走っていた。
時期的に今は半袖の体操着にジャージの下を履いてるんだけど、雨に濡れたそれは、乾く前にまた降り出した雨で重さを増し、どんどん体温を奪っていっている。

そして本格的に大粒の雨が体を叩き始めた頃、近くで順番待ちをしていた京吾がそばに寄ってきた。
その表情はかなりしんどそうで、いつもは綺麗な赤みを帯びている唇も蒼褪め始めている。


「京吾、大丈夫? すごい顔色が悪いけど……」

「それ瀬那が言う? 絶対瀬那の方が悪いよ」

「そうかな……」

「ていうか寒い。もうやだ、教室帰りたい」


そう言っていつもは強気な京吾が、半泣きになってぎゅっと俺に抱き着いてきた。
カタカタと小刻みに震える程体温が下がっていた身体には温かくて、俺は苦笑しながらもよしよしと京吾の濡れた髪を撫でてあげる。

あぁ、京吾みたいな子が寒がってると凄く可哀相だな……。
何だか小猫や小犬を虐めている気分になってくるというか。

……まぁ、虐めてるのは俺じゃないんだけど。


「寒いよー……瀬那寒いー……」

「寒いね……。もう少し頑張ろ?」

「死んじゃう……」

「それはダメ。悲しいから」

「……アキに会いたい……」

「うん。俺も伸に会いたい」


相変わらずくっついてきている京吾を宥めつつ、俺は溜息を吐く。

もう目を開けているのが辛いくらい雨が降ってきてるんだけど……何でこれで中止にならないのかな。
俺と京吾だけじゃなくて、クラスメートの大半はかなり顔色を悪くしているのに。

もし全寮制じゃなかったら、風邪を引いた生徒の親から苦情がきそうな勢いだ。
そんな事を考えていると、ようやく教師が終了の笛を吹いた。

皆で整列して、終了の号令に合わせて頭を下げる。
その後早く京吾を連れて校舎に戻ろうとすると、突然「片平」と名前を呼ばれた。


「はい……?」

「川瀬も。二人ともこちらへ来い」


丁度チャイムも鳴り始めたというのに、一体何の用だろう。
ただでさえ土砂降りで寒いし具合が悪くなってきてるし、顔色の悪い京吾を教室に戻してあげたいのに。

困惑しながら京吾と目を見合わせ、名前を呼んできた教師の元へ行くと、中年の彼は腕を組んだまま俺たちをじっと見下ろしてきた。


「何でしょうか……」

「お前ら、さっきふざけてただろ?」

「え?」

「男同士のくせに、抱き合ったりして……みっともない」


まるで蔑むようにそう言った彼は、さもバカにしたように俺たちを見つめる。


「元々なよなよした見てくれなんだ。もっと男らしくしろ、鬱陶しい」

「……」

「そんなんだから、こんな雨にも大袈裟に震える貧弱な身体になるんだ」


……えー。
俺たちだけじゃなくて、皆震えてたよ。
そう思って俯くと、隣では京吾が小さく舌打ちした。
いい具合に雨音が打ち消してくれたけど……京吾、それバレたら大変な事になると思う。


「罰として、校庭に残ってる器具を体育倉庫に片付けてから帰れ」

「……え」

「終わったら戻って良い。帰りのHRまであまり時間が無いからな。さっさとやるんだぞ」


そう言うと、彼は俺たちを嘲笑うような目で見て去って行った。
残された俺たちは、その背中を呆然と見送る。
長い事立たされていたせいで、もう全身びっしょりだ。


「あのクソジジイ……マジいつかシメる」

「京吾、舌打ちはバレるから我慢しなきゃ」

「俺たちの美貌と若さを妬むのは勝手だけど、職権乱用は酷いよね。マジうざい、下の下な顔のくせに」

「……京吾」

「もういっそのこと放置して戻らない?」

「ダメだよ。ほら、早く済ませよう? このままじゃお互い風邪引いちゃうよ」

「もう無理だよ、既に絶対引いてる」


そう言ってむすっとした京吾だけど、その瞳はすっかり潤んでいて、今にも泣き出しそうだ。
この雨と寒さだからね……メンタル的にキツイに決まってる。
俺だって隣に京吾がいなかったら、もう泣いていたかもしれない。

こういう時、自分より可愛い子がそばにいるって結構強みになるよね。
自分が何とかしなきゃって思うから。


「京吾、急ごう?」

「……うん」


そして俺たちは、自分たちが使ったわけでもない器具を、何回かに分けて倉庫へと運んだ。
濡れた手は重い物を持つと滑るし、一時間授業をやった後だから体力の消費もかなり酷い。

最後にカチャリと倉庫の掛け金を締めた時には、京吾も俺もすっかりヘトヘトになっていた。


「……うーっ、もうやだぁ!」

「……」


ぐずり始めた京吾を見て、俺も流石に泣きそうになる。
意外と思ったより辛かった……。
一日の最後に、先生から嫌がらせを受けるとか悲し過ぎるし。

自分自身もしょんぼりとしながら京吾の肩を抱いて歩き始めると、校舎の方から再びチャイムが聞こえてきた。
ちなみにあれは多分、帰りのHRが終了した合図だ。


「何でこんな目に……」

「アキぃぃ……」


最早シャワーの最中みたいな濡れ方をしている京吾の頭を撫で、俺もぐっと唇を噛み締めて歩き続ける。
あったかいベッドや、あったかい飲み物が恋しい。

……伸に会いたい。

そう思いながら、とぼとぼと二人で昇降口へと向かう。
尋常じゃない量の水を滴らせながら屋根のある所に入ると、俺たちの歩いた所には水溜まりが出来た。

早くも帰路につこうとロッカーへやって来た生徒たちは、俺たちの姿を見て皆ぎょっとしている。


「……瀬那、上履きどうしよっか」

「ていうか、このまま廊下歩いていいのかな……」


いまだポタポタと身体の至る所から水が落ちている互いの姿を見、困惑しきる俺たち。
溜息を吐きながら、とりあえずシャツは絞った方が良いだろうかと思案し始めた瞬間。


「瀬那、京吾くん!」


突然向こう側から、名前を呼ばれた。
その声音にはすごく聞き覚えがあって、俺の心臓は一気に跳ね上がる。


「あ……」

「伸先輩!」

「そのままそこにいて、今拭いてあげるから」


呆然と立ち尽くしている間に伸は目の前までやってきて、大判のバスタオルで京吾くんと俺をそれぞれ包んでくれた。
何で……伸が?
不思議に思いながらも、一番の心の拠り所である伸の登場に涙腺が緩みそうになる。


「よしよし、二人とも頑張ったね」

「伸……何で……?」

「窓からすごい見てた。瀬那偉かったね、アイツ近々始末するから心配しないで」

「伸せんぱぁーい……」

「うん、京吾くんもよく頑張った。二人とも荷物は保健室に運んであるから、このままそっちに直行するよ」


タオルの上から身体をさすってくれる伸に癒されて、思わず目がじんわりと潤んだ。
詳しい事はよくわからないけれど、俺たちのために動いてくれたらしい伸の優しさが嬉しくて。

伸の制服を濡らさないように気を付けながら距離を縮めれば、伸はふっと微笑んでこめかみにキスをしてくれた。
あーもう……伸大好き。

その後伸に促されるまま保健室に入れば、本当に荷物が既に届けられていた。
ちゃんと制服の着替えも持ってきてあって、俺たちはほっと胸を撫で下ろす。


「あの二人が相手だと、最早虐待に見えてくるなぁ」

「本当ですよ。あの男、本当にバカにしてる」


カーテンの仕切りの内側で京吾と俺が着替えている間、向こう側では伸と先生がそんな会話をしていた。

ちなみに保健室の木沢先生には、時々お世話になっている。
見た目は派手でちょっと脱力系だけど、本当は面倒見の良い優しい先生だ。

伸も信用しているみたいだし、今や俺にとっては、保健室もほっと出来るスポットの一つとなっていた。


「伸……」

「瀬那! 着替え終わった?」


カーテンから顔を出せば、とろけるような優しい微笑みを浮かべた伸が腕を伸ばして、俺を受けとめてくれる。
そんな姿に胸の奥がぎゅうっとなって、俺は衝動のままきつく伸に抱きついた。


「のぼる……」

「ん、いい子」

「いやいやお前ら、一応ここ公共の場だから」


だけどすぐに木沢先生に咎められて、仕方なく離れる……首元に埋めていた顔だけ。
どうしても手は離したくなくて縋るように先生を伺い見ると、「え、悪いの俺?!」と焦った声を出された。


「……いいなぁ……アキ……」

「あ、京吾くん。京吾くんも精神的にショックを受けただろうと思って、お迎え頼んでおいたから」

「え?」

「そろそろ裏門に、ダーリン来てると思うよ?」

「伸先輩……! 素敵過ぎる!」


京吾はすっかり項垂れていた表情を一瞬にして花が咲いたような笑みに変え、伸にがばりと抱きついた。
……ちょっと複雑。


「あ、ごめんね瀬那! 嬉し過ぎてうっかり……」

「うん……京吾だから大丈夫……」

「ありがと! じゃあ俺、もう裏門行きます!」

「あぁ、じゃあ途中まで一緒に行くよ」

「すみません。ありがとうございます」


ぺこりと頭を下げた京吾に続いて、お世話になった木沢先生に挨拶をしてから、俺たちも正門へと向かう。

髪はまだ半乾きだったけど、もう着替えたし、何より隣には伸がいるからさっきとは全然気分も違う気がした。


「あ、翼の車!」

「あぁ、もう来てるみたいだね」

「伸先輩、本当にありがとうございました」

「いえいえ。また明日ね?」

「はい!」


京吾は満面の笑みを浮かべると、ちょうど車から降りてきた金髪の彼の方へと駆け出していく。

傘の意味が無くなるくらいのスピードで走る姿からして、どれほど京吾が普段から彼に会いたかったのかが伺い見えた。
そんな後ろ姿を見ていると、俺まで幸せな気分になってくる。


「じゃ、俺たちも帰ろう」

「うん」


京吾が彼に飛びついたまま車に乗せられていったのを見届けて、俺と伸も歩き出した。
このまま二人で相合傘していくのかと思ったけど、伸はすぐに正門の方へと回り込んでいく。
その先には、一台のタクシーが停車していた。


「タクシー使うの?」

「瀬那寒い思いしただろ? 早く髪も乾かさないと、風邪引いちゃうから」


そう言って俺はタクシーに押し込まれ、それほどない寮までの道のりは、もう濡れないで済んだ。

伸の部屋にたどり着けば、予め合鍵を渡しておいたらしい涼先輩によってお風呂は既に沸かされていて、俺はすぐにバスルームへ放り込まれる。
けどすぐに後に続いて伸も入ってきて、俺はシャンプーしてもらったり色々してもらったりした。

楽しいバスタイムになった……のかな?
湯船の中では、かなり恥ずかしい事もあったけれど。


「ははっ、あったまったね瀬那。ほっぺが真っ赤」

「うーん……のぼせちゃいそうだよ」

「悪戯し過ぎた? ごめんね」

「ううん、平気……」


触れ合う素肌が気持ち良くて、バスローブを纏った状態で伸に擦りつけば、伸はくすくすと笑った。
ゆっくりと俺の髪や背中を撫でながら、リビングに向かって歩き出す。


「ドライヤーしてあげる」

「うん!」


近くのコンセントにドライヤーを繋いで、ソファーに腰掛ける伸。
俺はその下にあるクッションの上に座って、伸が乾かしてくれる間じっと大人しくしていた。

俺だって男だし、もっと適当にしても良いのに……伸は俺に触れる時、いつも極限まで優しくしてくれる。
まるで撫でるように指先で髪を梳かれ、俺はうとうととしながら猫にでもなった気分だった。
ずっとこのままでいたいな……。


「瀬那って髪さらさらだよね。はい、乾いた」

「ありがとう……」

「あれ、眠くなっちゃった?」

「ん……」


笑う伸の隣に乗り上げて、ぐりぐりと額を伸の胸板辺りに擦り寄せる。
同じボディーソープの香りと、伸の肌の感触に酷く安心して、俺はそのまま瞼を落とした。


「今日は疲れちゃったもんね。お疲れ、瀬那」

「……う、ん……」

「ベッド行こうか? 寝て良いよ」

「……伸は?」

「一緒にいてあげるから」

「なら、行く……」

「ははっ」


眠くて狭まっている視界の中でも、伸が楽しそうに笑いながら、目尻や頬にキスしてくれているのがわかる。
嬉しくて幸せでぎゅうっと抱きつけば、肩の辺りがチクリとした。

……キスマーク、つけてくれたのかな?
だとしたら、嬉しい。


「はい、あとちょっと頑張って」

「……うん」


手を引かれながら寝室に向かい、倒れ込むようにベッドに横になる。
すぐに伸も隣にやってきて、ベッドがギシリと沈み込んだ。


「……のぼる」

「んー?」

「……」


何となくキスがしたくなって、重い瞼を必死に上げて伸を見つめてみれば。
すぐに察してくれたらしい伸は、ふっと微笑んで「おやすみ」と唇に優しいキスをしてくれた。

甘い声で意地悪をする時の伸ももちろん好きだけれど、とことん甘やかしくれる時の伸は思考が溶けちゃうくらいに大好きだ。

幸せ過ぎてぴったりとくっつきながら目を閉じれば、意識が離れていくその時まで伸の優しい指先があやしてくれる。


「……好き……」

「うん、わかってるよ。俺も好き」


次に目が覚めた時も、きっと伸は微笑んで隣にいてくれるんだろうな……。
そんな幸せな未来を思い浮かべ、唇に弧を描く。

俺はゆっくりと微睡んでいく中で、
遠くで響いている雨音と、
伸の密やかな優しい声を聞いた気がした。


fin.
***

雨に触発されて書いたSSでした☆

体育教師がクビフラグw
体罰ではないけど、嫌がらせはダメ、絶対。
伸がその後どう動いたかは、ご想像にお任せしますってやつです。

そして養護教諭の未来が“白”OBだということは、私立組では涼×由貴と伸しか知りません。
彼への好感のある描写は、多分瀬那が初めてだなぁ……未来不憫。

2011.8.22

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