Wants 1st 番外SS
□Original TitleT
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14.Rhythm of Love
Side:Yuki
静まり返ったフロアは、肌寒いくらいに冷房で冷えている。
延々と並んでいる6人掛けのテーブルの一つに、俺は腰を下ろしていた。
「……ふぁ」
図書室って、何でこんなダルくなってくんだろーな。
この無音が何とも眠りを誘う。
俺は視線を上げて、無数に並んでいる書物をぼんやりと見上げた。
梯子で上らないと届かない高さまで続く書棚にぐるりと囲まれたこの場所にいると、一瞬学園の敷地内である事を忘れてしまいそうになる。
至る所に設置されている検索用のパソコンモニターに、アンティーク感が漂うダークブラウンの木目調の棚、奥に並んでいるハンドルタイプの移動棚、閲覧制限がかかっている、持ち出し厳禁の貴重な資料が収納されている最奥の書庫……
さすがは私立というか何と言うか……図書室というよりは、普通に最新の図書館って感じだ。
もし俺が小学生のガキだったら、張り切って探検に向かっているところだと思う。
間違っても、こんな風にチマチマと勉強をする場所だとは思えない。
「……由貴、集中しろ」
「俺眠い」
不意に隣で参考書を解いていた涼に咎められたけど、ぶっちゃけ俺の集中力はもう限界だった。
溜息を吐きながらずるずると涼に寄り掛かると、向かい側に隣り合って座っていた伸と瀬那がくすりと笑う。
「由貴、あんまり進んでないみたいだよ?」
「全然わかんねー……」
「何でわかんねぇんだっつの。授業中何やってんだ」
苦笑しながら小声で囁いた瀬那に返事をすると、隣の涼が呆れたようにそう言った。
ふざけんな、授業で一回習っただけで誰でも全部理解出来ると思ったら、大間違いだぞ。
俺の場合は……特に数学とか、授業中に聞いた内容の半分以上は、その場で内容が処理しきれずに行方不明になっている気がする。
「……お前本当に進んでねぇじゃん。この30分間、どうやって過ごしてたんだよ」
「図書室内観察とか、過去の回想とか」
「……」
あ、本格的に呆れた。
涼は一瞬目を細めた後、伸と目を見合わせて溜息を吐く。
……何だよ、マジで嫌な感じだな。
「さすが、湊が丸投げしてきただけあるねー。由貴ってホント、集中力がもたないっていうか」
「伸うるせぇ」
「お前よくココ入学出来たな……これ別に応用でも何でもないだろ。教科書見りゃ普通に解ける範囲だろうが」
涼は片肘を着いて俺のテキストを覗き込むと、シャーペンで何やら書き込み始めた。
……そう、今はテストのちょい前の時期で。
基本普段は同じクラスの湊に世話になってるんだけど、今回は湊も集中したい範囲だったらしく、可哀相な俺は涼に任されてしまったのだ。
そして俺だけが相手じゃ、試験範囲等の確認が不安だという理由で、同学年の瀬那と一緒に勉強している伸まで同席する事になったっていう……。
ちなみに伸は2学年の学年首位、涼はそれに次ぐ2位〜3位辺りの成績だ。
この進学校内でトップの成績をとるとか、俺からしたら化け物レベルの話。
まず文系も理系も両方出来るとか、普通に有り得ねぇだろ。
俺の知る限り、人間てそんな器用な動物じゃなかったはずだ。
「……はぁ。涼しんどい」
「しんどくなるほど何やったんだよ」
「図書室の空気が合わないくせぇ」
「こないだ自習室もダメっつってなかったか?」
「あー、あそこも不思議な睡魔が襲ってくるんだよなぁ」
「寮だとやんねぇし、食堂では注意散漫……お前勉強出来ねぇじゃん」
「深刻な問題だよな」
「お前の話だ、何他人事のような顔してんだよ」
涼にぱしっと軽く叩かれた俺を見て、正面の瀬那はくすりと上品な笑いを零した。
伸に添削してもらいながらテキストを片付けていた瀬那も、それなりに頭が良い方だ。
昼休みに食堂に集まっている時、一年の中じゃダントツで勉強が出来る遥によく質問してたりするし。
ちなみにそういう時、俺は近くで聞いていても、まず質問の意味からしてわからない場合が多い。
残念ながら俺は、数字アレルギーらしいんだよな。
数学とか化学とか物理のテキストを見ると、脳がぎゅって縮こまってくる気がする。
「由貴、ちょっと一息入れてくれば? 何か飲んだりしたら、少しはリフレッシュ出来るかも」
「……瀬那は優しいな」
親身にそう言ってくれた瀬那の言葉に軽く感動しながら、俺はこの魔の空間から脱出したいと視線で訴えてみた……もちろん言うまでもなく、涼に。
と、涼はチラリと俺を見て、大きく溜息を吐く。
「あはは、涼も大変だね」
「最近コイツ進級出来んのか、本気で心配になってきた」
「まぁバカな子程可愛いって言うし? 優しく面倒見てやんなよ」
「お前、他人事だと思って……」
本人を目の前に、メチャメチャ失礼な会話をしている涼と伸。
俺は終始むすっとしたまま、口を閉ざしていた。
俺だって別に、好きで頭悪ぃワケじゃねーし……
つーかそもそもこの学園に入るまでは、それなりの成績は取ってたんだ。
今の周りのレベルが異常に高ぇんだよ。
「……ほら、行くぞ由貴」
「え?」
「休憩入れんだろ」
溜息を吐きながらも立ち上がった涼に、俺は思わず頬が緩んだ。
何だかんだで、涼は面倒見が良いんだよな。
わざわざ一緒に休憩に出てくれるらしいとわかって、俺の完全に萎えていた気分は少しだけ復活する。
ぴょんと椅子を下りれば、涼は財布と携帯だけポケットに突っ込んで先に歩き出した。
俺も真似して携帯をポケットに入れると、涼の後についていく。
「ごゆっくりー」
「おう!」
伸と瀬那に手を振り、俺は小走りで涼に追い付いた。
つーか、涼の一歩ってデカ過ぎんだけど。
どんだけ脚長ぇんだよ、腹立つな。
「涼、早い!」
「あ?」
「ゆっくり歩けよ」
「はいはい」
眉を寄せてそう言えば、涼は歩調を緩めた。
同じスピードにも関わらず、明らかに歩数が違うのはやっぱり納得がいかないけれど、隣を歩くのは好きだからまぁ良しとする。
「食堂で良いだろ?」
「おう」
「何か食うのか」
「いい、飲み物だけで」
「甘いヤツ?」
「もち」
淡々と答えれば、何故か涼はフッと笑ってデカイ手を頭の上に乗っけてきた。
他の奴にやられるとチビって言われてるみたいでムカつくんだけど、涼に撫でられるのは嫌いじゃない。
髪をくしゃくしゃと掻き混ぜ、それから指先で梳くような動作をされるままに隣を歩いていると、擦れ違う生徒たちにチラチラとこっちを見られた。
相変わらず涼は、そこにいるだけで目立つ。
さらにその隣に俺もくっついてると、向けられる視線の数は倍になるからうざったい。
「……」
やっぱりココは閉鎖的な男子高だから、比較的同性愛オーケー派の人間は多い方だ。
だから中には好奇ではなく、羨望とか嫉妬の混じった目で俺を見てくるヤツも混じっている。
今となっては俺も慣れたもので、好戦的な目で見てくる男には、思いっきり挑発的な目を向けてやるけど。
奪れるもんなら奪ってみろよ、マジで。
返り討ちにしてやる。
「……相手すんな、由貴」
「あ?」
「いちいち睨み返してたら、キリがねぇだろ」
「それでも腹立つんだよ。つか、何で皆涼狙ってくんの」
「それはお前が一番知ってんだろ」
「……」
……まぁな。
俺もほとんど一目惚れ状態で、涼にガンガンアピってったタイプだし。
って、思い出すと結構ハズイ……。
「最初の頃のお前、すげぇモーション掛けてきたよな」
「俺も今、思い出してた」
「何かと絡んでくるし、スキンシップ激しかったし」
「男なら、それが一番わかり易いアピール方法だろ」
「まぁ、確かに」
「つか涼だってキス避けなかったりして、相当思わせぶりだったじゃん」
「そりゃタイプの奴が迫ってきたら、普通に避けないだろ」
「……タイプだったんだ」
「今さらかよ」
あの頃の俺は、周りとは一線を画した空気を放つこの男が、欲しくて欲しくてたまらなかった。
時々見れる微笑みも、あまり他人に触れることのないその手も、全部独占したくて。
無意識のうちに、全神経が涼の存在を追っていた気がする。
元々直感型ではあったけど、ホント涼に惚れるのは早かったよなぁ。
「あれ、結構人いる」
「そろそろ晩メシの時間だからな」
二人並んで食堂に入ると、意外とパラパラと席が埋まっていた。
大きな掛け時計に目を遣れば、時刻は18時半を過ぎたところだ。
確かに、言われてみれば腹が減った気もしなくはない。
「涼は今日、メシどうすんの」
「まだ決めてねぇ」
「じゃ部屋で一緒に食べよう。俺涼の部屋行く」
「あぁ、わかった」
さり気なく涼の近い未来の時間も確保して、内心ちょっと喜ぶ俺。
付き合ってから、それなりに時間は経ったものの……今のところ倦怠期なんて来てないし、むしろ定期的に惚れ直している気がする。
……なぁんて、本人には絶対言えねぇけど。
「何飲むんだ?」
「んー、どうしよ。今日はココアで良いかも。冷房で身体冷えてるし」
「女みてぇだな」
「繊細なもんで」
「はいはい」
適当にあしらうものの、涼は勝手に自販機で俺の分も買ってくれる。
最初の頃こそ自分で払うとか何とか言い合ったりもしていたけれど、涼は基本、俺には財布すら持たせないタイプだ。
どうせ小銭を渡したところで受け取ってもらえないのはわかりきっているから、最近ではもう何も言わずに甘えさせてもらっている。
続けて自分のコーヒーも買った涼と共に、空いていた3〜4人掛け用の丸テーブルに腰を下ろして。
ちょっと珍しいこのシチュエーションを、俺は密かに楽しんだ。
何か放課後デートみてー……って、最近俺までケイみたく女子高生脳になってきたかも。
キモイ……。
「由貴、今日メシ食いに来るんだったら、そのまま泊まれ」
「え、別に良いけど」
「今日シてぇ」
「うわ、公の場で堂々と宣言すんなよ」
「周り人いねぇし、いたとしても男だけだし」
「勝手に俺のセクシーショット想像されるかも」
「……」
「……」
「……気を付ける」
「ぶはっ、気を付けるのかよ!」
真顔で答えた涼に思わず笑えば、「笑い事じゃねぇよ」と意味不明な説教を受けた。
ココアで糖分補給する俺の髪を撫で、頬に触れてくる涼の指先が気持ち良い。
「……なぁ、涼」
「ん」
「今日は勉強終わりにして、もう帰ろうぜ。明日ちゃんとするから」
「……」
「……早くメシ食わねぇ?」
それは暗に、俺も涼と同じ事を思っているというサインで。
即座にそれを読み取った涼は、一瞬思案した後、苦笑しながら頷いた。
「明日はホントに、ちゃんと勉強もしろよ」
「ん」
「ったく、おねだりばっか上手くなりやがって」
「そこも好きなんだろ」
「まぁな」
二人のリズム、空気感、心の繋がり。
目には見えないけれど、確実に俺の心を満たしてくれるものだ。
俺は密かに、少しずつ鼓動を速めながら……
愛情のこもった眼差しを向けてくる涼に、挑発的な笑みを返した。
fin.
***
これかなりヤマ無しオチ無し的なアレでしたよね……;
ホントふっつーの日常風景が書きたくてorz
マニアックな欲求で書いて、申し訳なかったです。
特別何がどうってわけじゃないけど、涼が由貴を溺愛してる様子を書きたかったというか……。
伝わりましたかねぇ;
2011.8.19