Wants 1st 番外SS

□ふたり暮らしで10のお題
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7、もしもキミが居なかったら

Side:Minato


『わ、わかってたし!』

『え……』

『湊より……私の方が……っ』

『好きな気持ちが、大きかったって事くらい……!』

「……ん……?」


頭に響いたその声に、はっと目を開けた。
視界に入ってきたのは、今ではもうすっかり見慣れた天井で。
微かに残っている香りは、最近遥がハマっていると言っていたアロマのスッキリした匂いだ。

うわ、サイアク……。

いや、夢の中まではコントロール出来ねぇけどさ。
恋人の部屋で、しかもさっきまで恋人と絡み合っていたベッドで……元カノの夢みたとか。

しかも、別れた時のシーン。
何とも言えない気まずさに、胸が痛む。


「……?」


そういえば、隣に遥がいない。
近くにあった置時計を見てみれば、夕方の19時を回ったところだった。

ベッドにもつれ込んだのが16時前くらいだったから、眠りについてからはそんなに時間が経っていないだろう。

眠りが浅かったから、こんな夢を見てしまったのかもしれない。
一瞬宙を見て、過去の記憶をたどる。


夢に出てきたアイツとは、中学最後の3ヵ月間を恋人として一緒に過ごした。
気が強くて意地っ張りで、でも本当は優しくて……時々見せるはにかんだ顔が好きだった。

「私と付き合いなさいよ」なんて不器用故の、命令口調の告白に吹き出しながらオーケーを出したのは、雪が降り出しそうな寒い日のことだったと思う。


「……元気にしてっかなぁ」


アイツの事は確かに好きだったけど、結局俺は友達が――“白”が大切で。
全寮制の学園に入るって決まった時点で、学校と“白”、それに加えて他校のアイツと付き合っていくのは正直キツイと判断した。

何しろアイツは、淋しがり屋だったから。
下手に繋いだままにして、数ヶ月に一度だけ会うなんて縛り方をするよりも、別れた方が互いにイイだろうと思ったのだ。
嫌いになって別れたワケじゃない。

でも……
傷付けただろうなって自覚は、ある。


「……」


俺は立ち上がり、脱ぎっぱなしになっていたスボンを履くと、寝室を出た。

ドアのガラス部分から見えるリビングには灯りがついていて、遥がいることを示している。
ドアノブに手を掛けて中に入れば、やっぱり遥はキッチンにいた。

コンロや換気扇の音で、俺が立てた微かな物音には気付いていない。
集中してフライパンや鍋に視線を落としている遥は、大きな瞳をきょろきょろさせながら、せわしなく動いている。

俺は火のそばにいる遥を驚かせてはいけないと、今度は大きめの音を立ててドアを閉めた。
と、遥は即座に顔を上げる。


「あ、湊!」

「早ぇな。もう起きてたんだ」

「うん。何か珍しく、すぐ目が覚めちゃって」


そう言って微笑んだ遥は、既にきちんとした部屋着に着替えていて、普段通りの完璧な姿だ。
いまだ上半身裸のままの俺を見て、遥はすぐに目を逸らしてしまう。
そんな仕草が可愛くて、俺は衝動のままにキッチンへと入って行った。


「あ、もう! 入ってきたら――」

「邪魔しに来た」


そう言って後ろから抱き締め、ふわふわした髪に顔を埋めた。
遥は一瞬息を詰め、戸惑いつつも手に持っていた調理器具を目の前に置く。


「み……湊ってば……」

「んー?」


まだ微妙に霞み掛かっている思考のまま、今の俺にとって一番安らぎである存在を確かめるように、腕にぎゅっと力を込めた。
前で交差させている俺の腕に、一回り小さい手が重なり、胸の奥から劣情に近い感覚が湧き上がる。


「どうしたの……?」


不意に遥がぐっと上向きながら首を捻り、俺の顔を覗き込んできた。
常に少し潤んでいる丸い瞳は、微かに揺れながら俺の顔を映し出している。

俺は微笑んで、その瞼に唇を押し付けた。
小さく身じろいだ遥は、微かな吐息を漏らす。

今ではもう、日常の一部となっている触れ合い。
大好きな遥と過ごすひと時。

もし……
もし遥と、アイツの時のように離れなければならなくなってしまったら。

俺はやっぱり、「別れよう」と告げるのだろうか。


「……ね、湊……?」


何も言わないままの俺を見て、不安気に首を傾げている遥。

あぁ、俺って考え事してる時の顔が怖いんだっけ。
この前教室で、由貴にそんな事を言われた。

学園内では――っつーか“白”の活動の時以外は、基本笑ってる事が多いし。
気が塞いだ顔をしていると、それだけでも何となく相手に不安を与えてしまうらしい。
それもどうよって話なんだけど。


「いや、何でも無い」

「ほんと?」

「おう」

「……」


そう言って微笑み掛けたものの、遥は納得していないようだ。
しゅんと項垂れた瞳は、やっぱりうるうると揺れている。

遥は元々心配症だから、隠し事とかを凄い嫌う。
面倒と言えば面倒な性分なのかもしれないけれど、俺からしたらそこも可愛いっていうか……

相手が遥なら――しかもその原因が、俺の事が好きで好きでしょうがないからって理由なら、普通に全然問題無い。
むしろ、愛すべき部分だ。


「ゴメン、遥。マジで何でも無ぇから。ただ、ちょっと変な夢みてさ」

「夢……?」

「内容はあんま覚えてねぇんだけど、何か切ない感じだったんだよ」


無駄に嫌な思いはさせたくないし、適当に一部だけ取り出して告げれば、遥は少し肩の力が抜けたようだった。
たったこれだけの変化でも、敏感に察知して不安になってしまう遥。

……別れようなんて、絶対言えない。
というか、俺が言いたくない。


「……遥、好きだよ」

「え……」

「好きだ」


ぎゅうっと抱き締めれば、一瞬黙り込んだ遥が、ゆっくりと動いて身体ごとこちらに振り返る。

何をするのかと見守っていれば、遥は黙ったままがばりと俺に抱きついてきた。
身体の前面と腕を回された腰辺りに、遥独特の優しい感触を感じる。

……多分俺、今ニヤけてるかも。


「……僕も、湊が好き」


ぎゅうっと俺にしがみついた遥の顔は、胸の辺りに押し付けられていて伺い見る事は出来ないけれど。
チョコレート色の髪から覗いている耳が赤くなっていて、その表情は容易に想像がついた。

数時間前には、もっと激しくてスゲー事してたっつーのに。
変な所で照れまくる遥が、可愛くて仕方が無い。

俺は緩んだ顔のまま、その赤い耳をぱくりと咥える。
瞬間、遥の身体がびくっと跳ねた。


「や……っ」


そのまま中に舌を伸ばしたところで、真っ赤になった遥は腕の中から逃げ出す。
そして片手で耳を押さえながら、きゅっと眉を寄せた顔で力いっぱい睨んできた。


「もう! 僕ご飯作ってるんだってば!」

「いやいや、遥が誘ってきたんじゃん。湊大好きぃーって……」

「違う! ちょっと言い方変わってる! それに僕、そんな声出してないもん!」

「俺ビジョンでは、そうなってたんだって」


笑いながらそう告げれば、遥は一瞬口をぱくぱくさせたものの、くるりと背を向けて料理を再開してしまった。
あー、超照れてる。可愛い。

ふっと笑いながら、俺は柔らかな髪を撫でた。
これ以上邪魔すると、本当に怒られちゃうしな。

「ソファーで待ってる」と声を掛けると、遥はいまだ少し赤い顔でこくりと頷く。
そして背を向けた瞬間「……コーヒー飲む?」と聞かれたから、俺は思わず笑ってしまった。


俺が大好きで……どこまでも尽し屋な遥。
そしてそんな遥が大好きで、すぐに子どもじみた悪戯をし掛けてしまう俺。
そんな甘ったるい関係が、酷く心地良かった。

……別れるとか、冗談でも無理だわ。
過去は過去で、俺なりに真面目に恋愛をしてきたつもりだった。

でも……いつもどこか、理性的だった気がするし。
衝動に駆られて行動した結果、相手に想定外の反応をされて慌てる……なんて事も無かった。

それってきっと、本気なようで本気じゃなかったんだろうな。
好きは好きだったけど、相手の存在は俺にとって「絶対」では無かった。

遥のように、もしもコイツが居なかったらと想像することすら拒まれる程、相手に執着したことも無かったし。


だから、きっと……
遥は今までとは、違うのだろう。

特別、なんだと思う。


「……はい、コーヒー」

「ん、サンキュ」


とことことこちらにやってきて、俺好みの仕上がりになっているだろうコーヒーカップを差し出してきた遥。
微笑んでお礼を言えば、嬉しそうに微笑み返された。
ただそれだけのやりとりに、幸せを感じる。

そっと手を伸ばして頬に触れれば、少し恥じらいながら伏せられた瞼。
俺はカップをテーブルに置くと、そのまま遥の顔を引き寄せて、首を傾げた。

重なる唇、柔らかい体温。
何度繰り返しても、離れるのが惜しいと思えるキス――


「……遥」


ただ名前を呼ぶだけで、胸の奥がジリジリと熱くなってきて。
口端を上げて誘えば、遥は一瞬目を見開いたものの、観念したように苦笑する。

俺は再び重なり合った唇の感触に、酔いしれて。
明日も明後日も、ずっと一緒にいて欲しいと思った。


「好きだよ……」


多分これが、俺のホントの初恋だ。


fin.

***


湊は天然でタラシ的な部分があるので、ホントNLだったら女の子は泣かされる気がします……笑
「好きだよ」って言われながらも、夢中になってもらえないって酷な話ですよ。

まぁ絶対浮気はしないし、一度「さよなら」をしたらスパッと綺麗さっぱり切ってくれるので、ある意味真っ直ぐなタイプでもありますが。
そういうモテ人種っていますよね。

何はともあれ、今は遥とどっぷりラブラブです。

2011.6.29

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