Wants 1st 番外SS

□ふたり暮らしで10のお題
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6、帰る場所

Side:Keigo


「いったぁ……」


思わず、苦々しい声が出てしまった。
というのも、こんな痛みと向き合うのはちょっと久し振りだったから。

全く無知なわけではないけれど、喧嘩が日常の一部の連中に比べたら、俺は限り無く一般人に近い感覚を持っているわけだし。


「オイオイ、何だよ超弱ぇじゃん。やり手のスパイだったんじゃねぇの?」


目の前には、いかにもという感じのガラの悪い男が4人――いや、5人。
どうやら非常に面倒な所を通ってしまったらしい。

寮に外出届を出して、これからやっとアキとイチャイチャ出来ると思っていたのに……。
こんな事なら、迎えを頼んでおくんだった。
それか、買い物もデートに含んでアキと一緒に行けば良かったんだ。

転んだ(押し飛ばされた?)際に手から離れていった買い物袋を睨んでも、現状は変わらない。
一体どうやってこのピンチを乗り切ろうかと、俺は頭をフル回転させる。


「……スパイはもう随分昔の話だと思うけど。俺なんかに絡んで、何の得があるわけ?」


鉄の味がする口端を指先で拭いながら、俺はダルさも隠さずに目の前の男に問い掛けた。
と、彼はすっと片眉を上げて嫌な笑い方をする。


「だってお前、一応あの神崎秋斗の大事な奴なんだろ? 利用価値なんて有り過ぎるし!」

「確かに。つかアレだけ無敵って言われてても、ホモじゃ台無しだよなァ」

「お前ホモって言うなよ、その子可哀相じゃーん!」


下卑た笑いと共に、蔑みの言葉が浴びせられる。
普段俺が身を置く学園や、守られたアキのそばではなかなか聞かれないそれらは、外の世界ならマジョリティーの意見なのだろう。

わかってはいても、アキごと侮辱されればそれなりに悔しいし、悲しさも覚える。
俺は唇を噛み締めたまま、そっとポケットに手を突っ込んだ。


「おい、お前何やってんの」

「ぐ――っ」


けど、俺一人に対して五対の瞳が監視しているとあれば、微かな動きもバレてしまうわけで。
助けを呼ぼうとした矢先、耳の上の辺りの髪を鷲掴まれた俺は、そばにあった建物の壁へと顔を強打された。

……ちょー痛い。
いや、ほんと痛いんですけど。


「大人しく人質になりましょーねー」

「……」

「つかコイツの携帯奪えば、向こうの連中の番号全部わかるじゃん」

「確かに! お前頭いー! 盗聴とか出来ねぇかなぁ」


会話を聞いている限り、本当にどうしようも無いバカたちのようだ。
俺に手を出している時点で、“白”の恐ろしさを知らないグループ無所属な人間だということも明らかだし……

やる事為す事、すべて行き当たりばったりな気がする。
俺は顔をしかめたまま、押し黙っていた。


「……あれ、ロック掛けてやがる」

「オイ、外せよ」


俺のポケットから携帯を奪った男たちは、当然のようにそう言ってくる。
バカじゃないの、ここで簡単に吐くくらいなら、最初からロックなんて掛けないっつーの。


「……」

「何とか言えよ! 死にてぇのか?!」


再び壁に打ちつけられて、あまりの痛みに俺は息を殺した。
……あぁもう、ホント顔に傷つけないでよ。
アキが後でブチ切れるじゃん。

現実逃避がてらそんな事を考えていると、反応の薄い俺に連中は苛立ちを募らせたらしい。
俺を地面へと転がすと、思いっきり鳩尾に蹴りを入れてきた。


「――げほっ」


……吐きそう。

え、マジで。
俺ボコられちゃう系? ……もう入院とか勘弁なんですけど。

とはいえ、この状況ではどうする事も出来ない。
頬に当たる砂利を煩わしく思いながら、これから自分の身に起こるであろう最悪な事態を思い浮かべ、憂鬱になっていると――


「オイオイ、テメェら何やってんだ。この辺は“白”の縄張りなんだよ」


不意に、聞き慣れない声が聞こえてきて。
でも確かに今、“白”って言っていた。
それならば高確率で、俺の顔もわかってくれるはず。
思わずほっとして、全身の力が抜けていった。


「あぁ? 何だテメェは……」

「うるせぇよ。この辺で騒ぎ起こすんじゃねぇ。つか、そんな可愛い……いや、ちっせぇ子寄ってたかって……お前ら人間のクズだろ!」

「はぁ?!」

「あっはは! アンタたちツイてなかったねー。コイツ基本、可愛いものの味方なんだよー」


どうやら俺の味方は、2人いるらしい。
小さく呻き声を上げながら顔を上げれば、俺を囲っていた5人越しに、長身でいかにも喧嘩慣れしてそうな男と、その隣に赤髪で狐のように微笑みを浮かべている男がいた。

……あ、見た事のある顔だ。
二人とも、アキ側のグループの不良に違いない。
俺ってばツイてる。


「……っ、あの」


どうにか震える腕で身を起こし、5人の隙間から顔を覗かせれば。
俺を認めた長身と赤髪の不良は、「あっ」と息をのんで目を見開いた。

あぁ、良かった。これで助か――


「てんめぇら誰に手ぇ出してんだこの野郎!!」

「問答無用だね」


ほっとしたのもつかの間、向こう側の二人はそう言うなり、一瞬のうちに距離を詰めてこちらの5人に襲いかかる。
さすがは“白”所属だ。
有無を言わす間もなく、どんどん沈めていく。

特に長身の方は、腕の一振りで相手が数メートル先まで吹っ飛んだ。
この実力でもヒエラルキー下部ポジションなのだから、やっぱり“白”は凄いと思う。


「くっそ、てめぇらそれ以上近付いたら……」

「え」


往生際の悪い一人が、地面に座ったままだった俺の腕を取って脅しに入った。
俺は慌てて身を捩るものの、がっちりと掴まれた手は外れる気配が無い。
それを見た長身の彼は、ギロリとこちらを睨んで一気に走り寄ってくる。


「オイ、話聞いて――」

「汚ねぇ手ぇ放せや」


次の瞬間、あんまり聞いた事の無い鈍い音が響いた。
長身が、何のためらいもなく俺の腕を掴んだ男に頭突きを喰らわしたのだ。
骨と骨がぶつかり合ったような、激しい音。

いったそー……。
あまりの音に、自分がやられたわけでもないのに俺は顔を歪める。

まぁ、同情はしないけどね。
と、のびてしまった男を放置して、長身の彼は即座に俺の前に膝を着いた。


「大丈夫っすか、キョウさん!」

「ありがとう、すっごく助かったよ」

「あぁ、怪我して――オイ、お前タオルか何か持ってるか?!」

「あいよー」


心配そうに眉尻を下げた彼がそう叫ぶと、乱れた服を正しながら、赤髪の彼がにっこりと笑う。
そして肩に引っ掛けていたバッグから、タオルを出して目の前の彼に手渡した。


「スイマセン、俺がもっと早く……」

「いやいや、お兄さんのせいじゃないよ。っていうか、すいません。俺顔はわかるけど、名前知らなくて……」


おずおずとそう告げれば、彼は俺の頬を優しく拭いながら、目を見開いた。
次の瞬間、さっきまでの怒号が信じられないくらい人懐っこい笑みを浮かべる。


「洋二(ヨウジ)っていいます」

「洋二さんね。助けてくれてありがと」

「いえ! キョウさんはウチの宝なんで!」

「え? 宝……?」


きょとんと首を傾げた瞬間、俺と洋二さんの様子を静観していた赤髪の彼が、「あっ」と声を上げた。
それにつられて、俺たちも顔を上げれば……


「京吾!」

「アキ!?」


陽の光を浴びて、いつもの2倍増しで金髪を輝かせているアキが、足早に俺の方へとやってきた。
きっと時間になっても待ち合わせ場所に来ない俺を心配して、探しに来てくれたのだろう。


「クソ、やっぱお前だったのか……!」

「え?」

「大丈夫か、病院は……」

「ううん、平気。まだそこまで殴られてなかったから。痣とかすり傷程度」


すぐに俺の横で膝を着いて抱き締めてくれたアキを、安心させるようにそう言えば。
さっきまでそばにいた洋二さんが突如立ち上がって、ガバリと頭を下げた。


「秋斗サン、スイマセンでした! 俺がもっと早く見付けてれば……!」

「スミマセンでした!」


洋二さんにならって、赤髪の彼まで頭を下げる。
自分が絡んでいたということもあり、俺が戸惑って口を開こうとすると、先にアキが「顔上げろ」と声を発した。


「でも……!」

「今回は別にお前らのせいじゃねぇ。むしろ発見が早くて助かった」

「あ、秋斗サン……!」

「お前らが地道に、この辺片付けてくれてんのも知ってる。これからも頼むな」

「……っ、ハイ!」


秋斗が微笑めば、彼らは花が咲いたようにキラキラとした笑みを浮かべた。

“白”は――特にアキのグル−プは本当に、上下関係が厳しい。
だからこそ、上に褒められる事程嬉しい事は無いのだろう。

アキが俺を庇うように肩に手を回して歩き出しても、二人は俺たちが見えなくなるまで頭を下げていた。


「チッ、お前顔傷付いてんじゃん……」

「ごめんアキ……」

「しばらく、寮外は一人歩き禁止」

「えー?!」

「えーじゃねぇよ。決定」

「えーっ」


半泣きになって服を引っ張っても、アキはがんとして譲らなかった。
あぁ、あの男たちマジで恨む……。

それからちょっと痛む場所を庇うようにして、アキのマンションへと向かった。
部屋に着いて靴を脱ぐなり、アキに抱き上げられてリビングへと運ばれる。


「ん……」


すぐに押し付けられた唇は、俺を宥めるように、優しく滑った。
アキに触れられる場所は、すぐに溶けてしまいそうな熱を帯びていく。

首筋から鎖骨の方へと落ちていった唇は、今度はきゅっと肌を吸い上げて。
その少しの痛みを伴う甘美な感覚に、俺は思わず吐息を漏らした。


「……アキ」

「俺のせいで、お前は何回傷付いただろうな……」

「止めてよ、その話はしないって約束じゃん」

「わかってる……」


押し倒された体勢のまま、俺の胸の上で鼓動を聞くようにじっとしているアキの頭を、ゆっくりと撫でる。
金色の髪が、するすると指に絡んでは滑り落ちていった。


「アキ……?」

「……お前がいない未来とか、いらねぇんだけど」

「ふ」


あまりにも熱烈な告白に、俺は思わず吹き出した。
アキは不服そうに顔を歪め、「笑うとこじゃねぇし」と抱き締める力を強くしてくる。


「ね、アキ」

「……」

「……愛してるよ」


自分でも気持ち悪いくらいの、甘ったるい媚びたような声。
それでも、顔を上げたアキはちょっと照れたように微笑んでくれた。

俺は少し痛む横っ腹を押さえつつ、身を起してアキの唇を奪う。
……この人が、世界で一番大好きだ。

本質的には、こんな風に甘えたような子どもっぽい部分も持っているのに……
リーダーとしては公私混同することなく、しっかりと客観的に物事を捉える。

多くの人に尊敬され、信頼される彼氏を、俺はとても誇りに思っているから。


「俺も、迷惑掛けてごめんね」

「京吾……」

「一人歩きする時は、今まで以上に気を付けるから」


そう言えば、大きな手のひらが俺の両頬を包み込んできて。
額、瞼、頬、口端……と無数のキスが降ってくる。


「京吾、愛してる」

「うん……」

「愛してるよ」

「わかってる」


逞しい筋肉を纏った腕が腰の下に入ってきて、弓なりになった俺の身体にアキの顔が沈んで行く。
柔らかな指先と唇の感触に、俺は瞼を落として甘えるような声を零した。

アキにとって、グループのメンバーは家族のような存在だから。
そこから、アキを脱け出させることなんて出来ないし……俺だって、そんな事は望んでいない。

だから、一緒に戦うのがベストなのだ。
アキにとっても……俺にとっても、“白”は帰る場所なのだから。

しっかりと絡み合った手を握り締めながら、俺はもう一度キスをねだった。


fin.

***


「ふたり暮らしで」……というお題は一体どこへ^ ^;
申し訳ないです。
何名かの読者様に、「喧嘩時のヨージを……」というお声を頂いたので、ゲストに呼んでみました。
ギャップありましたかねー?

京吾の達観したような愛が好きです。
秋斗と京吾はある意味、カップルという意味ではラブラブをキープしつつも熟年っぽさも兼ね備えているというか。
安心して書けるカップルです。

2011.6.27

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