Wants 1st 番外SS

□ふたり暮らしで10のお題
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5、ヒトリの部屋

Side:Mizuki


「おう、瑞貴おかえり」

「ただいま、巳弘さん」


学校から帰ってくると、巳弘さんも丁度買い出しから帰ってきたところだったらしく、バーの入り口で鉢合わせた。


「漸もおかえり」

「……ん」


後ろからついてきていた漸は、巳弘さんから視線をそらしてぶっきらぼうに答える。
けど巳弘さんは特にそれを咎める様子もなく、フッと微笑みながら石階段を降りて行った。


「瑞貴悪ぃ、ドア開けて」

「はい」


荷物で手が塞がっている巳弘さんに頼まれ、俺は先に階段を降りきると、鈴の音が鳴るドアを開いて巳弘さんを通す。
「サンキュ」と中へ入っていく巳弘さんを見送れば、同様に漸もその背中を目で追っていた。

……やっぱり、ちょっと妬けるな。
少し前までは、漸はこんな顔した事無かったのに。


「……入ろ、漸」

「あぁ」


今度は二人で店内へ入り、そのまま自室の方へと向かう。
と、途中で漸は巳弘さんに呼ばれていた。

……いいな。
俺は一人階段を昇りながら、ぼんやりとそう思う。
俺も……陽に会いたいんだけど。


というのも、ここ何日かは“白”の活動で忙しいらしく。
マメに電話はくるものの、なかなか直接は会えていないのだ。

こういう淋しい気分の時に、あの優しい巳弘さんの雰囲気とか、漸の純粋な目を目の当たりにするのはキツイ。

……なんて、俺も短期間で随分変わってしまったものだ。
恋愛沙汰であからさまにアップダウンしているなんて、過去の自分が聞いたらすごく驚くだろう。


「……はぁ」


きっと今電話して「会いに来て」って言えば、無理をしてでも会いに来てくれると思う。
陽は俺の事が大好きだし……特に甘えたりすると、すごく喜ぶから。
でも……

あくまで俺は、“白”に情けを掛けてもらった身で。
彼らに迷惑を掛けるようなことは、どうしたって出来ない。

皆本当に真っ直ぐな人間で心身共に強いから、俺や漸をすんなりと受け入れてくれたけど……普通のグループだったら、パシリとかにされてもおかしくないと思う。
むしろ弱小グループなら、それが当然だ。


陽はそんなグループの中で、努力を買われている。
勿論、なかなかの喧嘩の実力があるっていうことが最前提ではあるけれど。
実際喧嘩が強いだけじゃ、“白”の上部には食い込めない。

洞察力、統率力、決断力――
誰かを“動かす”立場ならば、そのどれが欠けていても完全であるとは言えない。

そういう意味で、涼や秋斗はカリスマ性があるんだし。
もちろん幹部の皆だってそうだ。

見てないようで、下の小さな動きにまで目を光らせている。
どんな些細な出来事に対しても、先々まで考えてから指令を出す。


そんな幹部の姿に倣い、追い付こうと努力しているのが陽のポジションで。
見た目の派手さとは裏腹に、陽の努力は俺の目から見ても、すごく評価出来るものだった。

何しろ、休んでいる時が無い。
昂介たちに付いて雑用をこなしながら、幹部が向かう程ではない規模の闘争には自ら足を向けて鎮圧してくる。

それをこなしながら学校へ行って、単位を落とさない程度に授業も受けて。
残り少ない空いた時間は、ほぼ全部俺に差し出してくれている。

だからこれ以上陽の首を締めるような真似は、到底出来なかった。


「……」


ここにこうして一人で寝そべるようになって、今日で何日目だろう。
会っている時はとことん甘やかしてくれるから、会えない時の虚無感が本当に強い。

……って、いつの間にか俺コントロールされてる?
陽のくせに、本当に生意気。


目を閉じれば、微かに階下から声が聞こえてきた。
きっと漸と巳弘さんが、何か話しているのだろう――本当に仲が良いな。

この前夜中に、淋しくなって漸の部屋へ遊びに行ったら、部屋に誰もいない事があった。
一瞬どこかへ消えたのかと焦ったんだけど、外へ出るにはバーを横切らなければならない。

そんな夜中に、巳弘さんが漸の外出を許すわけがなく――
……ということは巳弘さんが連れ出したのだろうと、すぐにピンときた。

そんな出来事があってからは、うかつに漸の部屋へは行っていない。
淋しい時に無人の部屋をわざわざ訪問して、さらに虚しくなるなんてゴメンだし。


今日何度目かの溜息を吐きながら、俺はテーブルに置いてあった陽とおそろいの香水を一噴きした。

香りの記憶はすぐに褪せてしまう視覚の記憶よりも、ずっと強烈で確かなものだと思う。
変に思い出をたどるよりも、こうする方が陽を近くに感じられた。

俺は目を閉じると、制服のズボンにYシャツという出で立ちのままベッドに寝っ転がる。
そしてそのままネクタイを引き抜き、サイドテーブルに放った。

……もう寝てしまおう。
時間を持て余す時は、眠ってしまうのに限る。


形だけの“クロンヌ” トップにいた時も、よく溜まり場の一番奥――俺と漸にあてがわれた部屋で、うたた寝をしていた。

眠っている時は、色んな出来事がストップして……何も前に進まない代わりに、後退もしない。
つまりは気分だって、上がりも下がりもしないのだ。

いつだったか陽に指摘されたように……
現実や他人から一定の距離を置く癖のある俺らしい、逃げるような行為だとは思うけれど。


陽……。
目を閉じて、鮮やかなオレンジ色に想いを馳せる。
精神的に、ビタミン不足だよ。
早く迎えに来てくれないかな――


***


「……ん……」


ふわふわと漂うような感覚の中で、心地良さを感じた。
柔らかい感触が髪を揺らし、滑っていく。


「……?」


すっと意識が浮上して、それと同時に瞼も持ち上がった。
視界に映り込んだ薄暗い部屋は、最近ようやく慣れてきた“俺の部屋”。

覚醒し始めた脳は数秒の間を置いて、現状を把握し始める。


「……ちゃんと着替えなきゃダメですよ、瑞貴さん」


ゆっくりと、髪が梳かれる。
その感触も、耳に届いてきた声音も、とても心地良くて。

俺は微かに口角を上げながら、自分に触れている手に自らの手も重ねた。
と、静かにクスリと笑う声。


「……陽」

「はい」

「来て」


横向きになっていた身体を仰向けにし、空いている方の手で陽の腰の辺りに触れる。
そしてシャツを掴むと、こちらへと緩く引っ張った。

室内が薄暗い上自分も寝起きだから、陽の顔ははっきりとは見えないけれど……多分彼は、微笑んでいる。
空気でそれが、伝わってきた。

陽は俺の手に促された通りにこちらへ重心を傾け、俺の顔の横に手を着く。
男子高生二人の重さに、ベッドは不満気な音を立てた。


「陽――」


キスがしたい、と言おうと思ったんだけど。
次の瞬間には、既に唇が重なり合っていて……
以心伝心だなと、俺は唇を合わせたまま微笑んだ。
まぁ陽は出逢った頃からよく俺の気持ちを汲み取ってくれていたし、今更なんだけどね。


「……っ……ん」


陽のひんやりとした唇のピアスが、 俺の唇をゆっくりと撫でていく。
それを舌先で追いながら、俺は両腕を陽の首へと巻き付けた。
ぎゅっと引き寄せれば、一瞬強く唇を噛まれて。
思わずふっと笑うと、つられたように陽も密やかに笑う。

陽の片手は俺の頬を捉え、もう一方の手は肩から肘へと滑っていき、脇腹を撫でた。
その温かい手のひらの感触に吐息を漏らせば、さらにギシリとベットを軋ませながら、陽が完全に俺の上を跨ぐような体勢になる。

暗い部屋の中でも、ゆらりと揺れるように見えた強い瞳の色。
一瞬離れたその顔に微笑み掛ければ、陽も微笑んだまま指先で俺の唇をなぞった。


「……淋しがらせて、すみませんでした」

「本当だよ。待ちくたびれて眠っちゃったし」

「会いたかったです」

「……うん、俺も」


もう一度、触れるだけの優しいキス。

……あぁ。俺は本当に、この男が好きだ。
何の濁りも無い、真っ直ぐに注がれる視線に心が洗われる。

衝動的に両手を伸ばして陽の頬を捉えると、その肌の感触を楽しむように、ゆっくりと指先を滑らせた。


「陽……」

「俺は、余す所無く瑞貴さんのものですよ」


何も問わずとも返ってきた言葉に、心底満たされる。

……そう。
陽は、俺のものだ。

俺だけの、大切な宝もの。


「……ね、陽」

「はい」


陽に抱きつきながら、半身をゆっくりと起こして。
一度頬にリップ音を立てて口付けた後、俺はその首筋に顔を埋めて囁いた。


「……着替え、手伝って」


ココじゃ見えちゃうかな……と思いつつ、剥き出しになっている首筋の下方に緩く吸い付く。
忙しい時期にキスマークなんてつけたら、秋斗や昂介に叱られるだろうか。

……いや、このくらいのお遊びなら大丈夫だろう。

なんてぼんやりと考えていたら、自分の首筋に痛みが走った。
チクリなんてものじゃなくて、結構すごい勢いで。


「……痛いよ、陽」

「すみません。久し振りに誘われたから」

「興奮した?」

「してる、の間違いです」


そう言いながら、今度は“チクリ”程度の痛みを与えられる。

……っていうか、そこ全然隠せる場所じゃないのに。
でもまぁいいかと思いながら、俺はさらに陽の肩口にすり寄った。


「……あんまり可愛い事しないで下さい」

「ふ、可愛いんだ?」

「はい。凄く」


俺は笑いながら顔を上げ、その薄い唇を自分の唇で弄ぶように食んだ。
子どもっぽいそれを、何度も何度も繰り返す。


「……あー、もう……」

「ははっ」

「笑い事じゃないです」


陽は低く唸りながら、一気に俺の身体をベッドへと押し戻した。
ベッドはもう一度ギシリと音を立て、深く沈み込む。


「……瑞貴さん」

「なに?」

「泣かせちゃうかもしれません」

「よく言うよ。今更だろ?」

「まぁ、それもそうですけど」


言いながら、俺の腰に跨った状態でネクタイを引き抜いていく陽。
こんな風に、圧倒的な瞳で俺を見下ろせるのは、この世でたった一人……陽だけ。

征服される喜びも、身を委ねる快感も……
陽からしか、得る事は出来ないのだ。


「……陽」

「はい」


熱に浮かされつつある声で呼べば、忠誠を誓うように指先に唇を落としてくる陽。
俺はその指先で陽の唇を撫でながら、口元を緩ませた。


「余計な事を考えないで済むように、泣きたいな」

「余計な事を考えてたんですか?」

「……ほんの少しね。時間を持て余してたから」

「それは残念ですね」


陽は淡々と答えながら、身を沈めて俺の首筋に唇を這わせる。
その感触に、思わず身震いした。


「……ど、……っ……うして?」

「瑞貴さんには、俺の事だけ考えていて欲しいから」


……ほら、な。
やっぱり最近、コントロールされ掛けているのかもしれない。

でもまだ、ギリギリのところで優位に立っていたくて。
俺は陽の手を取り、煽るように指先を口に含んだ。


「……なら、満たしてよ」

「……」

「陽なら出来るだろ……?」


甘噛みしながら、ふっと口端を上げれば。
まるですべてを喰い尽しそうな色を帯びた瞳が、俺の視線を捉えた。
俺はその感覚に身震いし、目を閉じる。


「……じゃあ、遠慮なく」


ぎゅっと握られた両の手首が、じんじんと熱を帯びていく。
まるで……そこから溶け合って、一つになっていくみたいに。

いっそのこと、“一人”になれたらいいのに。
そんな混ざり合いたい程の衝動に突き動かされた、
ある晩の俺たち。

慣れ始めた俺の一人部屋には、
また別の意味で……

“ヒトリ”としての記憶が刻まれていくのだろう。


fin.

***


相変わらず、書くのに精神統一が必要なCPでした。笑
ちょっと目を離していた隙に、さらにラブラブになっていたようです。
しかし瑞貴は煽りますねー。存在自体がどことなくR18。

ちなみにどうでもいい情報ですが、陽と瑞貴のおソロ香水はク●エのメンズオードトワレがモチーフ。
トップノートがマンダンリンオレンジで、ラストがムスク系で終わるっていうのも二人のイメージで♪

実は『彩:Sai』で描写したのも、そのモチーフでした☆(P.52とかP.65とか)
男子高生カップルがおソロでユニセックス系香水とか、最強に萌えます。←完全に個人的趣味

2011.6.21

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