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□ホワイト★アルバム
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『ホワイトデーは三倍返しだよ』


バレンタインのチョコを用意していなかったルルーシュに、スザクはチョコを渡してそう言った。
三倍返し。全くもって欲張りな話だ。
ルルーシュはそう思いながらも、用意しなかった罪悪感も少しあり、お返しにとクッキーを焼いていた。
ケーキやマフィン、色々考えたがスザクの場合、軍の仕事だ何だで、直ぐに食べきってしまえるかわからない。
ならばせめて、少しでも日持ちの良い物を……とクッキーを選んだ。
ナナリーには、クッキーの他に可愛い花柄のワンピースを用意してある。
ルルーシュは、そのワンピースを着たナナリーの姿を想像しては、うっかり緩んでしまう頬を、ぺちんっと叩いてクッキー作りの手を進めた。
明日はホワイトデー。
ナナリー以外に渡すのは初めてだが、恋人と言う関係にあるスザクにも、しっかりとお返しをしようと思う。
ルルーシュの胸に、ほんのりと暖かいものが広がった。




「お返しだ」

一言そう告げて差し出した箱を、スザクは嬉しそうに受け取った。
「凄いね。なんだろう?」
手渡された大きめな箱へ、期待に満ちた瞳を向ける。
開けても良いかな?と言いながら、既に包装紙を剥いでいた手をルルーシュは満足気に見つめた。
我ながら完璧なお返しだ。
ルルーシュは、目の前の恋人が箱を開けた途端に喜ぶ姿を想像して、口元に笑みを浮かべる。
しかし、カポッと開かれた中身を見た彼からは「ええ!?」と言う不満気な声が上がった。
「な、何だ?何か間違ってたか?」
急いでスザクの手元を覗き見るが、何等変哲はない。
疑問に思いつつ、ふっと目線上げれば困惑したスザクと視線が絡んだ。
「ルルーシュ。これは?」
「クッキーだ。見てわからないか?」
「いや、それはわかるけど…。この量は……」
そう言って絶句したスザクに、ルルーシュは訳わからんと箱を指差して説明をする。
「お前から貰ったチョコの箱の容積は、100mm×100mm×60mm。その三倍の箱がこれだ。そして、チョコの重量、215gの三倍に645gのクッキーを用意した」
どうだ!!完璧な三倍返しだろう!!と胸を張るルルーシュに、箱にきっちりと並べられてはいるものの、明らかにぎゅうぎゅう詰めにされたクッキーを見て、スザクは溜め息を漏らした。
「ルルーシュ、ボクが言ったのはそういう意味じゃないよ?」
「じゃあ、どういう意味だ?まさか、オレの手作りではなく、金額的に三倍の物を買えと言う事か?」
ルルーシュは自分が完璧だと用意した物にケチを付けられて、あからさまに不機嫌な顔を見せた。

こういう色恋の絡むイベントがある度に痛感する。
ルルーシュとスザクの恋愛観念は、いまいち上手く噛み合っていない事を。
それは男同士だからなのか?
それともルルーシュの経験値が低いからなのか?
どちらにしても、スザクの当たり前はルルーシュには未知のもので、ルルーシュの当たり前はスザクには理解出来ない事が少なからずあった。
「そうじゃなくて……」
どう説明したら良いか…と悩むスザクの姿は、ルルーシュから見れば、どうしてわからないんだと馬鹿にされている気がして、更に不快感を与えた。
「……わかった。もういい、返せ」
「え?嫌だよ。これはこれで貰うから」
カポッと蓋をしてぐっと箱を抱き込むスザクに、ますます訳がわからないと苛立つ。
「いらなければ、無理に貰って欲しいとは思わない!」
「いらないなんて言ってないだろっ?」
「箱の中身を見て「違う」と言われたら、いらないと言ったも同然だ!」
「はぁ?何、その理屈!」
そして、喧嘩になる。
ルルーシュもスザクもお互い、変に頭が硬い。頑固と言うか、融通がきかないと言うか。
冷静な時ならば分析出来る事も、いったん頭に血が上れば、相手の嫌なところばかりが目に付き、自分ことが見えなくなる。
「返せ!!この分からず屋!!」
「なっ!!ルルーシュこそ!!石頭!!」
だからこそ、言われる言葉が的を得ていればいる程、互いを苛立たせる訳で。
「お前なんかに、作るんじゃなかった!!お前なんか!!お前なんか……、……もう、別れてやるっ!!」
バシンッと派手な音を立てて、スザクが抱えていた箱は床に叩き付けられた。
しかし、叩き付けたのはその中身を作ったルルーシュ本人で、スザクは抱えていた箱をいきなり叩き落とされたことに、身動き一つ取れなかった。
腕の中が急に軽くなり、ゆっくりと落ちて散らばり、砕けてしまったクッキーの破片を見ると、漸く何が起きたか理解した様で、床を見つめたまま声を搾り出す。
「な、んで…。ここまですること、ないじゃないか」
「…うるさい。別れる相手に、食べさせるぐらいなら、捨てる」
「っ、本気?それ、本気で言って」
「本気だ。だから、もう…、全部やめる。お前…とは、もうっ」
ルルーシュはスザクが床から顔を上げる気配を感じて、身体を反転させて背を向けた。

だって、わからないのだ。
嫌いな訳じゃない。ちゃんと好きだし、大事にも思ってる。
でも、噛み合わない。
スザクの望むことを、ルルーシュにはしてやれない。
いつも自分なりに考えて行動している。
それでも想いはすれ違い重ならないなら、それは……。
「っ、」
ルルーシュは目頭に熱が篭るのを感じて、顎を上げた。
少し滲んだ見慣れた天井は、何だかいつもより近く見えて、酷い圧迫感を覚える。
「スザク、出て行ってくれないか」
声が震えない様に力を込め、一言静かに告げた。
それ以上は言わない。スザクからの返事もない。
沈黙は重く、呼吸はしているのに、胸が苦しくて押し潰されそうだった。
頼むから、早く出ていってくれ。
少しずつ天井の輪郭がぼやけるのを、必死に堪えながら歯を食いしばる。
すると、プシュッと空気の抜ける音がして、ルルーシュは背後にあった温もりが無くなったを感じた。
ゆっくり、ゆっくりと視線を正面に戻し後ろを振り返れば、やはりスザクの姿は無く、散らばったクッキーも簡単に片付けられて、床に置かれた箱に終われていた。
クッキーが置き去りにされている事に少なからずショックを受けつつも、片付けられているところはスザクらしいと思うと、口元が震えるほど我慢していた涙が堰を切ったように溢れ出した。
「…ッ、ス、ザク…、スザクッ」
自分で別れを切り出しておいて泣くなんて馬鹿げている。
しかし、つい30分前まで抱えていた気持ちを捨てたのだと思ったら涙は止まらず、そのままルルーシュは声を殺して泣き崩れた。


  
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