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□願い
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ふわり、と。
風が髪を撫でた感覚に、スザクは眠っていた意識を覚醒させた。
身体は動かさずに薄く瞼を持ち上げると、風だと思っていたものが背後に眠る愛しい恋人の手だと気付いて、そのままそっと瞼を落とす。
ふわり、ふわり、と揺れる栗色の癖毛。
その心地良い感覚に、しばらく寝たふりをしようとこっそり決めた。

こんな風にルルーシュから触れてくるのは、本当に珍しい。
日常ではまず無い。
ルルーシュは、スザクが手を差し出すとそっぽを向き、手を離すと寄ってくる。
まるで猫の様な性格だった。
そんな彼が、自分の髪に優しく触れてくる。
それがとても嬉しくて、ルルーシュに背を向けて寝ていた身体を、寝返りをうつ振りで仰向けにさせた。
と同時に、驚いたのかビクッと一瞬離れるルルーシュの手。

(か……可愛い)

スザクの瞼は、未だきっちりと閉じられている。それでも空気で解ってしまう、隣いる愛しい恋人の動きなら。
だから、スザクが起きているのか、寝ているのかと迷っているルルーシュに届くぐらいの、小さな寝息をわざとたてれば、それに安心して詰めていた息を吐き出すのもわかった。

(また…、触ってくるかな?)

寝ている振りをしながら、心はルルーシュの次の行動を考えてドキドキしている。跳ねる気持ちが顔に出てしまわない様に、そのままじっとルルーシュの動きを待った。
すると再び、そろそろと伸びてくる手の気配を感じた。
また髪かな?……なんて考えていたら、耳から顎にかけて顔の輪郭に、そっと触れるか触れないかの距離で掌を添えてきた。

(ボクを起こさないように、してるのかな?)

そう思うと、胸にほんわかと暖かいものが込み上げてくる。
ルルーシュの手が、とても優しく二度、三度とスザクの頬を撫でた。

(くすぐったい……)
心が……。

あまりのも柔らかい感触に、感覚的なくすぐったさはなく、気持ちだけがむずむずとした。
嬉しいのと、暖かいのと、照れ臭いのと、愛おしいので。
好きだと言葉にされるより、遥かに想いが伝わってきて、幸せってこういうものなのかな?と、スザクはぼんやり思った。

しばらくして、ルルーシュの手が頬から、無造作に投げ出されているスザクの手へと移ってきた。
やはり握るのではなく、髪や頬を撫でた時と同じ、スザクを起こさない様に気遣って、人差し指と中指を軽く摘む程度。
その仕種がまるで、小さな子供が母親の指を握るみたいで、スザクはとうとう我慢が出来なくなってしまった。


「………ねぇ、何してるの?」
「ッ!?」

目一杯優しく声をかけたつもりなのに、驚かせてしまったらしい。
咄嗟に離そうとしたルルーシュの指を、今度はスザクがギュッ握りしめる。

「ねぇ、何してたの?」

寝たふりをしていたと言ったら怒るかな?と、そんなことを考えながら、悪戯っぽく目を細めてスザクは同じ質問を繰り返した。

「……お前、いつから起きてたんだ?」

スザクの質問に答えず、淡々と返してきた言葉に「今だよ」と嘘をつく。
わざとらしい表情をしてしまったから、嘘だとバレるだろうなと思ったが、ルルーシュは「そうか…」と一言呟いて、優しく微笑んだだけだった。


なにか、おかしい。
いつものルルーシュらしくない。
いや、いつものルルーシュが優しくないと言うことではない。彼が実は、誰よりも優しいことなど、スザクが一番知っている。
でも、こんな穏やかなルルーシュは本当に珍しかった。


「………、何かあったの?」

スザクは、掴んでいた彼の手を、両手で優しく包み込む。
何となく違和感のある恋人の気持ちが、少しでも伝わってくる様に。

「なぁ、スザク。お前はもし、今この瞬間が夢だったとしたら、………どうする?」
「え…?」

考えてもみなかった突然過ぎる台詞に、スザクは何を聞かれたのか、さっぱり理解が出来なかった。そんなスザクに気付いているのか、いないのか、ルルーシュはそのまま話を続ける。

「オレはいつも考えてる。今のこの時間は夢で、目が覚めた時、スザクはオレのそばに居ないんじゃないのか?って」
「そんな事、」

ない、とは言えなかった。
だって、もし今のこれが、逆にスザクの夢だとしたら、現実のルルーシュが自分の隣にいるかなんて、そんな事は解らない。
そう思ったら何も言えなくなってしまった。

「………」

スザクはいつも、ルルーシュの言葉をしっかり捉えようとする。それで噛み合わない事も多々あるが、けして軽々しく流したりはしない。
そんな真面目なスザクがルルーシュは好きだった。だから、失敗したな、と思ってしまった。

「……嘘だよ」
「え?」
「冗談だ。リアリストのオレが、そんな事を本気で考える訳ないだろ?」

先程までの雰囲気など微塵も残さず、ルルーシュはスザクの瞳を正面から見つめた。
リアリスト。確かにルルーシュはそうだ。けれど、彼が小さく笑いながら「それぐらい解るだろ」と最もらしく言えば言う程、スザクはなぜか釈然としなかった。

(どうしよう…)

悩んでみたところで、ルルーシュが「嘘だ」と言うのなら、本当にただの冗談なのかもしれない。けれど、答えなければルルーシュが傷つく気がしてならないのはどうしてだろう。
また空気を読め!と怒られるかもしれない。
それでもスザクは、自分の瞳を捕らえて離さない恋人に、これ以上無い程優しい声で、想いを伝えようと思った。

「ねぇルルーシュ。今が夢でも現実でも、ボクはここにいるよ。キミのそばに、ずっといるから。……それだけ覚えていて?」

スザクは全身で包む様にルルーシュを抱きしめた。
今伝えたことを実証するために、自分の身体を最愛の彼へ添わせる。
ルルーシュは、ただ黙ったままだった。
返事のないルルーシュにスザクは一瞬戸惑ったが、それでも振り解かれない腕に彼のあまのじゃくを思い出して、このままで良いんだと、瞳を閉じた。



こんな暖かい夜が、永遠に続けば良いのに……。

スザクとルルーシュは、互いの温もりを感じながら願った。
けして贅沢なものではなく、とてもささやかな願いを。



そして、スザクが再び眠りに落ちた頃、腕の中から漏れた「……ありがとう」と言う小さな呟きは、静かな夜に溶けて消えた。

























「おはよう、ルルーシュ」

自分の体温で、心地良い温もりが残るシーツから、身体を起こして隣へ声をかける。

「キミがいない一日が、また始まったよ」

そう言って手を伸ばした先には、彼に託されたひんやりと冷たい英雄の仮面があった。


《ずっとそばにいるから…》


不思議な夢を見た。
あれがただの夢だったのか、それとも昔、本当にあった事だったのか、今はもう思い出せない。
……けれど。

(どうか、あの誰より優しくて、寂しがり屋の彼が見る夢に、自分がずっといればいい。………ただそばに)
それぐらいのことは、世界の為に命を捧げた彼にあっても良いと思うから。


「ルルーシュ。まだ当分先の話なんだけど、でもいつか必ず逢いに行くから」





……その時こそ、永遠に。






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あっは〜〜〜〜〜〜(泣)
お約束な夢オチ★キタコレ。
ゼロ・レクイエムがスザクさんにとって辛いだけのものならないで欲しいのが、ワタシの願いです。

⇒08.10.02


  

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