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□上京騒動記
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【上京メインストーリー】





数ヶ月の時が過ぎ梅雨も盛りの頃、俺は予定通り黒澤と暮らすべく東京へと引っ越す事が出来た。二人で借りた部屋は、二ヶ月ほど前から先に黒澤が住み始めていたおかげで俺の引越しは少しの荷物を運び入れるだけで済んだ。


朝目を覚ますと黒澤がすぐそばにいる嬉しさのせいか、まだ住み慣れない土地でもそんなに苦を感じることもなかった。
今まで地元っきりだったから違う土地でもっと色んな事を吸収したいとは思っていたし、これからが楽しみだ。


そうして二、三日が過ぎ二人での生活に足りない物がちらほら見えてきたので買い出しに行くことになった。一気に買い揃えるためにホームセンターまで出向き、あれこれ物色していたらすぐに買い物カゴがいっぱいになってしまう。二人ともがカゴを持って買い物を続けていると、ふと黒澤が笑いながら独り言のように言った。



「しかしあん時は参ったわ。軍司さん、絵に描いたような親父っぷりだったよな」
「あー…あぁ、あれね」



何のことかはっきり言わなくとも分かる、あの時のこと。


黒澤と暮らすために上京することを告げた俺に対して、軍司さんはきちんと黒澤の口から挨拶をさせろと言ってきたのだ。
父親でもあるまいし挨拶なんてどう考えても必要ないのだが、鈴蘭の先輩だ。無視するなんてできるはずもなく、黒澤は仕事やら部屋探しやら引越しの準備の合間を縫って、きちんと挨拶にやってきたのだ。

その時の状況を思い出すとまだ笑いが込み上げてくる。
軍司さんはわざわざ自分ちの客間(もちろん和室である)を使い、テーブルを挟んで黒澤と対峙し、その傍らで俺が二人の様子を見守るといった、結婚を申し込みにきた彼氏と彼女の親父状態だったんだから。



「クロサーは大変だったと思うけど、俺は結構嬉しかったんだぜ」
「何が」
「軍司さんが俺のことどうも思ってないわけじゃないって分かって。さらっと、東京行くのか元気でな、なんて言われたらやっぱ寂しいだろ」
「まー、そうだけど…」
「なんだよはっきりしねぇ返事だな」
「あそこまでされると十希夫のことよっぽど大事なんだ、とか」
「ヤキモチかよ」
「俺は軍司さんみたいに年季入ってねーからな、不利だろうが」


それを聞いた瞬間、俺は声をあげて笑ってしまった。そして黒澤に耳打ちをする。

「軍司さんも好きだけど、愛があるのはお前だけだからな」



なんてことない事にヤキモチを焼く彼はとてもとても可愛かった。





買い物も終わって、大きな荷物を抱えて帰るのは中々にしんどかった。出掛ける時にも雨は降っていたが、帰る時になって雨足を強めたせいで傘をさしていても腕は濡れるは足元はぐちゃぐちゃになるはで、家に着くと二人ともため息しか出なかった。


「疲れた…」
「俺も…つーか寒い」
「じゃあクロサー、先にシャワー浴びてこいよ。その間に荷物片付けといてやるよ」
「そうか?じゃあ入ってくる」



黒澤のシャワーの音を横に聞きながら、買ってきた物を片付け始めるとケータイが鳴った。黒澤とあと一人だけ変えている着信音で誰からなのかすぐに分かって電話を取るとすぐに軍司さんの声がする。



「十希夫、元気でやってるかー!引越しして落ち着いた頃だろ」
「軍司さん!わざわざ電話ありがとうございます」


数日しかたっていないのに久しぶりに声を聞いたような気がして気持ちが弾む。これからはこうしてたまに電話で話すことになるのは軍司さんなんだと思ったら話したいことが沢山出てきて片付けようとしていた荷物を前にすっかり話し込んでしまった。というのに気づいたのは、黒澤がシャワーを終えてドアが開いた音が聞こえた時だった。


片付いていない荷物を見て、あっ!と思い、軍司さんにそろそろ電話を切りますと言っているとこで、出てきた黒澤と目が合った。



通話を切り、ケータイをゆっくと閉じると黒澤がにこりと笑った。
あまり笑わない黒澤が笑うのは、本来の意味とは違った時のことが多くて、その笑顔にまずいと思った。


「それ、軍司さんだったのか?」
「ああ…落ち着いた頃だろ?って電話かかってきて」
「で、俺がいない間に楽しそうに話してたと」



それで確信をした。黒澤は絶対に怒ってる。
電話をするのにしゃがみ込んでいる俺と、上から見下ろす黒澤という位置関係も悪く黒澤が凄んでいるように見えてつい怯んでしまった。



「な、なんか変な言い方すんなよ」
「変も何もそのまんまの意味だよ」



黒澤は俺の二の腕を掴んで立ち上がらせリビングのソファーに連れて行かれると、ぞんざいなやり方で押し倒された。右肩を上から押さえ付けられて体を起こす力が入らない。



「十希夫にとっちゃアニキだろうけど、俺からしたらただの一人の男なんだ。自分のいないとこで他の男と楽しそうに話してるのを目にしたらそりゃむかつくよな」
「小さいこと言うな」
「アホ、ようやくお前が俺のそばにいるようになって嫉妬しねーほうがおかしいっつーの」



黒澤の視線は俺を縫い止め顔を逸らすことを許さず、そうして放たれた言葉は俺の心臓を見事に射抜いた。顔と言わず首の辺りから熱くなるのが分かって、射抜かれた心臓は甘い疼きによってうるさく鳴る。


「顔、真っ赤。タコみてー」
「うるせー、お前がそんなこと言うからだろ」
「嫉妬されてウザいか?」


黒澤はまた笑った。こんな時はどんな返事が返ってくるか分からず不安な表情になるものなのに、こいつは分かっているんだ。俺がこう言うのを。


「嬉しくて泣きそうだ、バカ」


黒澤の思惑通りの返事しかできないのが悔しくて唇を噛むと、そこにキスをされた。こんなにかわいい嫉妬や束縛なら、今までそうしたくても出来なかった分どんだけでも受け止めてやる。
そう思ったが調子に乗ると困るのでそれは口にしないでおいた。


「十希夫、晩飯前に一回やんねー?」
「は?昨日もやったじゃねーか」
「しばらくは俺の気が済むまでやらせろ」
「なんで、んな上から目線になってんだよ……」
「お前がかわいいから」
「黙れ、そんなんでほだされねーからな」
「じゃあ止めとくか?」



だからなんでそんな聞き方しかできないのだろう。黒澤の根性は目つきと同じくらい悪い。
結局返事はイエス。
俺もしばらくは気が済むまで黒澤といちゃついてやろうと思った。








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