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□上京騒動記
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【上京サブストーリー】






あれから一週間ほどたった。

頭の中には以前にも増して常に黒澤の事があって…いや、正しく言えば上京への具体的な計画がずっと頭の中で回っているのだ。計画を立てるものの、あくまで自分の中でのことなのでそれは都合よく組まれていって、周りとの調整を取ったらもっと予定は変わるだろう。


そんな訳で、最優先事項の職場から言ってみることにした。


週に何回か顔をだせばいい自由な会社へ足を運ぶと、いつもの緩い空気にどこかほっとする。
この会社には自分専用のデスクがないために共用の大テーブルへ目をやると、この会社に誘ってくれた先輩が座っていた。(ちなみにこの先輩は鈴蘭の先輩ではなく、エビ中から他の高校に進学した先輩だ)

出社していたなら都合がいい。先輩に挨拶をして隣に座った。





「よう、久しぶりだな。今日はなんか確認に来たのか」
「そんなもんです。エノさん、ちょっと話しがあるんすけど」
「仕事のことか?」
「いや、実は俺東京行きたいんですよ」
「東京?なんでオレに聞くの。行ってこればいいだろ。つーかこの前行ったばっかじゃなかったっけ。あ、土産は?」


冗談ぽく手を差し出してそう行ってきて、会社用に買ってきておいた東京ばな奈が向こうに置いてあったからそれを取ってきて一つ渡した。

「また遊びに行くのに俺の許可が必要ってわけでもないだろ」
「いや、遊びにじゃなくて引っ越し」
「はあ?じゃあうち辞めるのか。つーかあれか、遠距離してるって彼女?男の方から行くなんて珍しいな」
「俺のが動き取れるんで。でもここは辞めたくないんですよ。東京からでも仕事できないですかね」
「あー、そういうふうに仕事したいわけ。うーん、できるんじゃないの。まず岡崎さんに聞いてみれば」


岡崎さんとは社長の事で、先輩をこの会社に誘ったさらに先輩だ。ここはそんな風に顔見知りが大半を占めている。と言っても社員数自体片手とちょっとで足りるくらい少ないから社内が乱れることはない。
そんな、俺ともそれほどの年齢差がない若き社長に伺いに席を立った。





「なんか即オッケー出たんですけど。東京で仕事でも取ってこいって」
「おぉ、良かったじゃん。彼女も喜ぶんじゃね?原田があっち行くってことは一緒住むんだろ、そのまま結婚すんのか?」



エノさんにそう言われて、考えてもいなかった事にふと気が向く。結婚となるなら日本では無理だ。別にホントにそういう気があるわけでないが、つい真剣に考えてしまった。


「結婚するならフィンランドがいいな」
「もう新婚旅行の話しか?」
「いえ、なんでもないです」




仕事場の方は上手く話しが通りホッと胸を撫で下ろした。そして用事を済ませ会社を出るとすぐに黒澤にメールをした。



『会社は問題なかった』

『良かったな。じゃあ部屋もう探しとく。やっぱ部屋二つ欲しいだろ』

『でも寝るのは一緒な』

『了解』





さあ、次に伝えるのは絶対に外せない軍司さんだ。実家暮らしの軍司さんと俺は、社会人になったとは言え近所なのだから頻繁に会っている。
ガキの頃からずっと一緒だった軍司さんと離れることになるのか……と考えていたら少し気持ちが沈んでしまった。

黒澤と暮らせるのは嬉しい。でも軍司さんに別れを告げてさっさと東京に行けるかと言われたら、そんなに簡単にさようならと言える気もしなかった。




二日後、軍司さんの予定が空いているというその日軍司さんの家まで足を運んだ。


「十希夫、久しぶりだな」


軍司さんの部屋に入ると朗らかに笑って出迎えてくれた。これから俺が話すことなんて知るよしもない軍司さんに対して胸がちくちくする。


俺は挨拶もそこそこに軍司さんの前に正座すると、顔を見れなくて俯きながら小さな声で話し始めた。


「軍司さん、話しがあるんです」
「だから会えるか連絡寄越したんだろ?なんだ話しって」


軍司さんの明るい声に気持ちはますます重くなる。

弱かった俺に手を貸してくれたのは小五の頃、先輩を意識して軍にぃから軍司さんと呼び方を変えたのは中一の頃、初めて他校とケンカするのに軍司さんについて行ったのは中二の頃、鈴蘭で派閥の右腕になったのは一年の終わりの頃だ。毎年誕生日のケーキだって一緒に食べていた。


思い返すと懐かしく大切な思い出たちに、またぎゅっと胸が締め付けられる。俺が成長する傍らにはいつも軍司さんがいてくれたのに…。


「……俺…俺、軍司さんが好きですっ!」
「はぁ!?」
「大好きなんです!」
「待て待て、言う相手が違うだろーが」
「いや、軍司さんが一番好きっす!」
「十希夫、落ち着け!一体何があったんだ」


軍司さんに肩をぽんぽんと叩かれると俺は荒げた息を飲んだ。軍司さんは黒澤とは種類の違う一番だ。そんな人にさよならを言うのはこんなにも辛い。



「俺、東京行くことにしました…」
「何ぃぃいっ!!」
「黒澤んとこ…行きます」
「十希夫っ…いつ、決めたんだ…」
「一週間前です」


俯いていた顔をそろりと上げて軍司さんを見ると、唇を噛み締め眉間には深いシワが寄っていた。そんな顔をされたら目が潤むのが分かって、涙が出てこないようにぎゅっと閉じた。


「みんな東京行っちまって、十希夫まで…俺、十希夫がいなくなったらどーすりゃいいんだよ」


ああ、やっぱり軍司さんも別れが辛いのだ。


「軍司さん、勝手言ってすいません」
「いや…取り乱して悪い。お前はなんにも勝手なことは言ってないからな、気にすんな。よ、良かったじゃねーか、黒澤と一緒にいられるんだからよ」
「でも…軍司さんを置いてくみたいで辛いです」
「何が置いてくだ、こっちからお前を、お、追い…出し、て………ちくしょおお!十希夫を追い出すなんてできるかー!黒澤に挨拶に来させろ!十希夫をくださいってちゃんと言わねーとやらん!」
「軍司さん…!」



軍司さんの気持ちに感激してしまった俺はついに我慢できなくて涙を流してしまったのだった。
軍司さんのセリフは巷でよく聞くそれだったがちっともおかしく聞こえなかった。






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