Parallel

□・
2ページ/2ページ

週三回のいつもとは違う学校の帰り道が楽しみになったのはいつからだったか。
軍司は、自分の風体とはおよそ似つかわしくない場所に着くと慣れた様子で中に入って行った。

入口の、自分の腰の高さほどのカラフルな下駄箱を横に中に声をかける。


「すいません、岩城です。十希夫迎えに来ましたー」

そうして出てきたのはここで唯一の男の保育士の木場先生だ。
軍司と同様、幼稚園とは結びつきにくいような恐持ての先生である。頬から顎にかけての傷がただ者ではない雰囲気を漂わせていて、軍司は木場先生の前では自然と背筋が伸びてしまうのだ。

事実、木場先生とよく話すようになってから昔やんちゃをしていたという話しを聞いた時、そのがっしりとした体つきを見て結構な修羅場なんかを抜けてきたのかもしれないと思った。

そんな木場先生のたくましさは子供たちと遊ぶ時に大いに役だっているのだそうだ。

木場先生は軍司の迎えを確認すると、奥で遊んでいる十希夫を呼びに行った。
カバンを肩からかけたり帽子をかぶったりしながら落ち着きない様子で中から出てきた十希夫は、軍司の姿を目にすると走り寄って軍司に跳びつく。

「軍にぃ!遅いよ」
「ははっ、悪かったな。寄り道してたら遅くなった」

十希夫のためにしゃがんでいた軍司の首に抱き着くと、軍司はひょいと十希夫を抱いて立ち上がった。

「どこ行ってたの?」
「ほら、十希夫のおやつ買ってたんだよ」

そう言って手に持っていた袋を十希夫に見せると、十希夫は遅れたことは笑顔で許してくれたのだった。

その様子をほほえましそうに見ていた木場先生に気付くと、十希夫は軍司に下ろしてくれと言って、きちんと木場先生の前に立って頭を下げた。

「せんせー、さよーなら!」
「さようなら。また明日元気に幼稚園に来るんだぞ」


十希夫は幼稚園を出るまで、優しい顔で笑った木場先生にずっと手を振っていた。


「今日、お母さん帰ってくるの遅いんだって?」
「うん。今日はお母さんが夜まで仕事する当番なんだって」
「そうか、じゃあ一緒に晩ご飯食べような」


帰り道でそんな会話をしていると、離れて歩いていた十希夫は軍司に寄っていって手を繋いだ。
平気そうな顔をしているが、親の帰りが遅いというのはやはり心細いのだろう。



十希夫の母親と軍司の母親は昔からの友人でとても仲がいい。
軍司は小さい頃、十希夫の母親によく遊んでもらったのを覚えている。十希夫の母親は、自分の親と同じ年齢なのに気さくで友人のようで、それはきっとまだ独身だったからだ。

十希夫の母親と軍司の母親は結婚の時期が離れていたためにお互いの子供には大きな年齢差があった。
軍司が五年生の時に十希夫が生まれて、弟のいなかった軍司は自分の兄弟かのように十希夫の誕生を喜んでいた。


原田家は共働きだったが、十希夫の幼稚園との兼ね合いはうまくいっていたのだそうだ。
しかし母親の職場の事情で、どうしても夜まで仕事をしなくてはいけなくなって、十希夫の幼稚園は延長保育の時間が短くどうしても迎えに行ったりするのが難しいと、軍司の母親に相談をしていたのだ。

そんな時、軍司の母親は「それなら軍司に迎えにいかせればいい」と直ぐさま答えを出した。
軍司が側にいたのに、あの子暇だし、と笑いながら言った自分の母親に、軍司はため息しか出なかった。


最初は面倒だと思っていたお迎えだったが、十希夫のことは弟のように思っているし、十希夫の母親が帰ってくるまで一緒に遊んでいるうちに十希夫はすっかり軍司に懐いて、全身で自分を慕ってくる十希夫に悪い気はしなくて今ではお迎えが楽しみにすらなっているのだった。



「ねぇ、軍にぃ。これもらったんだ。帰ったらやって」

そう言って十希夫が差し出したのはイチゴのついた赤いヘアーゴムだった。

「十希夫は男の子だろ?髪なんて結んでどうするんだ」
「カズがクラスの女の子に髪の毛結んでもらってたんだ。でもカズはいやだって。十希夫のほうがにあうって言ってくれたから」


カズとは十希夫と同じクラスの黒澤和光という子で軍司の目から見るとちょっと捻くれたようにも見えるが、迎えに行った時に時々目にする、十希夫とくっついて遊んでいる時なんかは随分と仲が良さそうに遊んでいる。

十希夫の要望通り、帰ってから髪を結んでやるととても満足そうにしていた。
耳の上辺りで明るめの短い髪が左右に二つに結ばれていて、十希夫は軍司に仕切りに可愛いかと聞いた。


「カズもかわいいって言ってくれるかな?」
「こんなに可愛いんだから言ってくれるさ」

とは言うものの、男の子にしては大人しい十希夫が可愛さを気にする姿に、軍司はなんとなく将来の不安を覚えてしまった。俺が鍛えてやった方がいいんだろうか…

しかし、まだ軍司の服を引っ張って顔を覗き込みながら、ねぇねぇと聞いてくる十希夫が可愛くてぎゅっと抱きしめた。


「十希夫は世界一可愛いぞ」
「軍にぃ、苦しいよ」


そうして晩御飯を食べたり風呂に入ったりしているうちに時間は過ぎて、十希夫の母親がお迎えにやってきた。
前へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ