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□はい、と言いなさい
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唇の圧力がなくなったと思ったら顎を片手でわしづかみされて頬の肉が寄せられる。乱暴な手つきではない。きっと布団に潜り込んでしまった俺を、もうそうできないように押さえ付けているんだろう。


「何拗ねてんだよ」
「だ、だって…軍司さんが本城さんの事、好きだから。俺だって軍司さんの事好きなのに」
「確かに本城さんの事は好きだけど、十希夫を好きなのとは意味が違うだろ。こんなことしたくなるのなんてお前だけしかいねぇんだよ」


そう言って手が離されるとさっきとは正反対の口先が触れるくらいの優しいキスが降ってくる。
その優しさに涙が溢れてしまった。


「…分かってたけど、軍司さんが本城さんを見てるのに不安になって……変な嫉妬して…すいません。」
「泣くなよ」


軍司さんが好きだからこんな気持ちにもなるんだけど、嫉妬して酒飲んで酔った揚句に文句を言うだなんてあまりに格好悪い。


「お前が文句言うなんて滅多にないよな。そんなにイヤだったか?」
「軍司さんが本城さんになびいたらどうしよう、くらいは思いました」
「かわいいこと言いやがって…俺はお前にそういうこと言われるだけで他になびきようがないんだよ。不安になる必要なんてねーのに、どうしたら安心するんだよ」


軍司さんは口元だけ笑って、ん?と問いかける。なんでたった一つ年上なだけでそんなに落ち着いた笑い方ができるんだろう。普段三年の仲間同士でいるのを傍らで見ていると子供っぽい言動なんていつものことなのに、俺に対してはどうやったって年上の態度で、だからこうして甘えてしまう。


「……好きって言って」
「好きだ」
「もっと」
「好きだ、十希夫じゃないとダメだ」
「もっと…」
「俺のそばにいろよ」
「もっ…と…」


もっと、もっとと軍司さんの口から愛の言葉をねだった気がする。
でも軍司さんのそれに気持ちはすっかり宥められたみたいで、酔いでぼやけていた俺の意識は次第に眠りへと落ちていって最後まで聞くことはなかった。




次の日の朝、目を開けると間近に軍司さんの顔があって安心した。
本当は言葉なんかなくたって軍司さんがこうして隣にいるだけで何も怖くないのに。

眠っている軍司さんにキスをしたらそれでぼんやりと目を覚まして、酒臭いし汗くさいと言われた。まぁ、色々とそのまんまで寝てしまったしデリカシーがない言い方は今だけは目をつむっておこう。


昨日の甘えついでだ。気持ちを入れ換えるのは昼からにして軍司さんの首筋に擦り寄った。


「じゃあ風呂に入れて下さい」
「一緒に入ろうじゃなくて?」
「うん、たまには甘えます」




入れてとは言ったものの、いざ入ってみると軍司さんは俺がやるから手を出すなと言って髪も体も洗ってくれた。ただじっとしていろだなんてとんだ羞恥プレイじゃないか。軍司さんの長い指で髪を洗ってもらっている時、ふと疑問に思った事を聞いた。


「そういえば昨日の飲み会って何だったんですか」
「ああ、本城さんの誕生日が今月だったからな、それで集まったんだと。杉原さんもいたぞ。今は東京に行ったけど帰ってきてたヒロミさんもいたし」
「ホントですか!?」



エビ中では伝説のように語られていた海老塚三人衆の事だ。俺たちの代では直接関わった奴はほとんどいなくて噂だけが輝いていた。そんな人たちがあの場にいたなんて今更ながらちょっと興奮する。
変な嫉妬をしたばかりでなく失態までさらしてきて本当に恥ずかしいったらない。軍司さんの事となると俺の自慢の冷静さは一体どこに行くんだろうか。


「軍司さん」
「ん?」
「すいませんでした…」
「何が?」
「昨日の全てです」








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