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□はい、と言いなさい
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酒を煽りながら本城さんが俺の知らない軍司さんとの思い出を語る度に俺はどんどんつまらなくなっていって、そして軍司はいい奴だなんだと言われて、んなこと知ってるつーの、と心の中で反発していた。
俺は本城さんをまるで恋敵かのように見てしまって、だって憧れって恋に似てるじゃないか。
大人げないと分かりつつも俺はこの場から離れたくて、本当なら限度を量りながら飲む酒をすすめられたままに飲んだ。




「十希夫、十希夫?」
「…………はい」
「ダメだ、返事が遅すぎる。完全に酔ってんな」


軍司さんのそんな声が意識の遠くで聞こえて、自分でも酔っているのが分かった。頭がふわふわして俯いたまま上を向く気になれない。
俺は軍司さんの袖を引っ張って、帰りたいと言った。


「お前何でここまで来たんだ?」
「原チャリ……」
「俺が運転するからケツ乗れ」
「飲酒運転…だし、メット一つしかない、っす」
「さっきから飲んでねぇよ。もう夜中だしとっとと帰れば平気だろ。立てるか?」


頷くと軍司さんに腕を持って引き上げられた。薄く目を開けると本城さんが俺たちを見上げて、またいつか飲もうぜと言ったから、軍司さんの話しをしないならそれもいいなと思った。今日は話せなかったけど以前の鈴蘭の話しを聞いてみたいし。



軍司さんは俺が持っていた物をテキパキと身につけさせてくれた。外に出て原チャリの鍵を渡すと、シートの中に入っていたメットを俺に、ゴーグルを自分に付けて跨がる。

「普通運転する人が、メット被んないですか?」
「事故ったら俺は死んでもいいけどお前は死ないようにだよ」


そんな事を言われたら酔った頭でも胸がキュンとして息が詰まるかと思った。軍司さんは時々無駄にカッコイイ。
軍司さんの後ろに乗って背中にピッタリとくっつくように腰に手を回して、それから軍司さんも死んだらダメと言った。



来る時は雪が鼻や頬に当たって痛かったけど、軍司さんの背中に守られた帰り道は寒さなんて感じないくらいだった。
家に着くと軍司さんはふらふら歩く俺の背中を支えて部屋まで連れてってくれた。

ざわざわとうるさかった店とは違い静かな部屋に戻ってようやく一息つく。ベットに座らされると俺は寝転ぶのではなく軍司さんに抱き着いた。立ったままの軍司さんの腹に顔を埋めて。


さっきまで俺以外の人を見ていた軍司さんをようやく一人占めできる事に満足して、ふふふと笑った。こんなことで笑いが出るなるてやっぱ酔ってんなぁ。


「軍司さん、今日泊まってって下さいよ。一緒に寝よう」
「あー、お前ちょっと酔ってんだろ。このまま大人しく一人で寝てた方がいいんじゃねーか?」


そう言われて妙に腹がたった。ようやく軍司さんを連れて帰ることができて少し機嫌が良くなっていたのに、本城さんの話しを聞いていた時のようにまたムカムカしてきた。

酔っ払いの相手は面倒だから一人で寝ろってことか?

俺は軍司さんから顔を離してムッと口を尖らせた表情で見上げた。


「ど、どうした?」
「俺、軍司さんと一緒に寝たいのに…」
「え?あ…いや、うん」


なぜか口ごもる軍司さんを不思議に思っていたら、まだコートを着たままだった軍司さんのそのポケットからケータイの着信音が鳴った。軍司さんは俺からさっと離れると電話に出る。それは別に構わなかったのだが、相手が本城さんだと分かって、会話をする軍司さんの顔が綻ぶものだからもう俺の腹立たしさは止まらなかった。


「はい、分かりました。またなんかあったら連絡ください。じゃあ」

と言って通話を終えた軍司さんを呼び付けた。


「軍司さん!」
「お、悪かったな。…なんか怒ってねえ?十希夫…」
「怒ってますよ!一体なんなんですか、わざわざあんな場所に顔出しに言ったのに俺に構いもせず本城さんのことばっか見て!」


分かってる。先輩である人の手前よそ見はしてられないことくらい。恋人の立場としてそれくらいは弁えているつもりだ。
でも、でもその先輩は軍司さんの憧れの本城さんなのだ。後を追っかけるくらい心を奪われた人が目の前にいたら、その時だけは俺のことはきっと頭の隅に追いやられている。俺は完全にヤキモチを焼いていた。


「悪かったって言ってんだろ」
「本城さんの前だとあんなデレデレになるんですね」
「デレデレって」
「俺のこと見ててほしかった…」
「でもな、十希夫」
「〜〜っ!でもじゃない、そこは、はいって言う!」
「……はい」


俺はほとんど駄々をこねる子供のようになっていた。いつもはもっと落ち着いて考えるからこんなに腹立たしくなることもないけど、今はダメだ。酒のせいでろくに頭が回らない。

バカな事を言ってるとは思っているのに腹立たしさは治まらなくて、そのせいで軍司さんを困らせている事に対しても謝る気にもなれない。
どうしていいか分からなくなって俺は布団を被って潜り込んでしまった。


「やっぱり一人で寝ます。軍司さんも帰っていいですよ」


ふて腐れたように言い捨てると、んなこと言われて帰れるか、と頭の方の布団を引っ張られたから剥がされないようにむきになってぐいぐい引っ張り返した。


「顔出せって」
「いいです」


だんだん自分が何をやっているか分からなくて情けなくなって出たくても出られなくなっていた。きっと今顔を出したら表情を作れなくてぐしゃぐしゃの顔に違いない。
そうしていたら一際強い力で布団を引っ張られてあっという間に剥がされてしまった。

見上げるそこには軍司さんがいて、怒っているのか呆れているのかどちらともつかないしかめっつらだったから軍司さんの出方を伺っていると、天井を見上げていて明るかった視界が急にふっと暗くなった。


えっ、と思った次の瞬間にはもう唇が重なっていてでもとてもキスなんて言える優しいものではなかった。
こじ開けるみたいに唇を割り開かれて舌を歯で挟まれるときつく吸われた。肩がすぼまるように体がびくついて一気に力が抜けた。ベットの上で良かった、立っていたら膝が言うことを聞かなかったかもしれない。
指先が痺れるみたいに震えて軍司さんの肩を掴む事も出来ず、苦しくなってきた呼吸を訴えるのに「ん、ん」と声を出したら思いの外甘えたような声になってしまった。









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