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□はい、と言いなさい
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寒さはどうにも苦手で、ダウンジャケットのファスナーを首まで上げて上からネックウォーマーをして、雪が降っているからクローゼットの奥からゴーグルも出した。
上から下まで隙のない防寒を決め込み原チャリに跨がる。
これで行けば、赤ふじまでは10分弱。とっとと行って適当にこなして帰ってきてやろうと思っていたのに……行ってみると場は想像以上に盛り上がっていて、貸し切りの個室を開けた瞬間熱気にやられてしまいそうなほどだった。


「うおー!マジで来たよ。十希夫くん、超いい子じゃん!何、キンパ?かっわいいなぁ!」

引き戸に手をかけたまま呆然としていると、茶髪で短髪の人が俺の手を引いて中に招き入れた。
どこかで見たことがあるような人だったが思い出せない。


知らない顔ばかり並ぶ部屋をくるくる見回していると縁の方でめちゃくちゃ申し訳なさそうな顔をしてる軍司さんがいた。こんな状況で身を置くとこなんてそこしかなかったから側に寄ると背中を労るように軽く叩かれる。


「遅くに悪いな、付き合ってる奴がいるっつったら呼べってまくし立てられてよ、ケータイまで取られちまった。寒かったろ?」
「寝る直前だったし、外雪降ってました」
「何!?ホント悪かったな、今度なんか穴埋めするから」


と、軍司さんの気遣いは完璧だったのだが、聞き捨てならない一言に俺は今すぐにでも逃げ出したい気分だった。

付き合ってる奴って……。

電話に出たのが男で、来たのも男で、それで受け入れてるこの場の人たちの寛容さには出る言葉がなかった。
何でもいいからいじられる前に帰りたい。そんなささやかな願いは叶うはずもなく。


「十希夫くん、こっち」

そう言って自分の隣に来いと手招きしたのはさっきの茶髪の男の人で、軍司さんが俺の耳元でここにいればいいからと言ってくれたので立たずにいると茶髪の人が自分からこっちにやってきた。


「彼氏ヅラしてんなよ、軍司」
「本城さん、来ただけで勘弁してやって下さいよ」
「来たんだからいじるんだろ。軍司のどこが好きなのかとか聞きてーじゃん。なー!?」


周りの人たちに決定事項を伝えるように言うとあちこちで同意の声が上がる。

軍司さんの口から出た本城さんの名に自分の隣の人を二度見してしまった。
この人が本城さん!?

昔、俺が小学生の頃、遠目で一度だけ見たことあったがそれはまだ中学の制服を着ていた頃だったから、どうりで随分と大人に成長した今の彼では記憶と結びつかなかったはずだ。
リーゼントに固めていた髪はその片鱗さえ見えず、どこにでもいる好青年のそれで印象は良かった。しかし、それと同時に軍司さんの憧れでもある彼に軽い嫉妬のようなものを抱いていた時期が沸々と思い出される。
今はもう平気なはずなのに、実際本人を目にするとその気持ちは簡単に戻ってきた。


軍司さんが中学に上がり本城さんの名前ばかり口にするようになった時、いつも一緒にいた軍にぃを取られたような気になってそれは面白くなかった。
今となっては軍司さんから本城さんの名を聞くことはほとんどない。だからと言ってその存在が消えた訳でもなく、軍司さんの心を未だに捕らえているんだろう。軍司さんの中で俺を想う割合の方が多いことを望むくらいには彼の存在を隅に置かせておきたい、というヤキモチだって焼いてしまうのも仕方ないと思う。


「で、十希夫くん、軍司のどこが好きなわけ?」

本城さんはだいぶ出来上がっているのか顔が赤く酒臭かった。酔っ払いに真面目に返事を返しても意味ないような気がしたけど軍司さんの先輩だし適当なことはできない。
当たり障りなく、でも本当の事を選んで言った。


「まっすぐなとこ、です」
「まっすぐねぇ、間違いないな。曲がれねぇくらいまっすぐじゃねえ?もうガンコオヤジ並?あん時もすごかったよなあ」


俺の返答にうんうんと頷いた本城さんは何かを思いだし軍司さんに話しを振った。軍司さんが鈴蘭に入学したばっかの頃、本城さんに喧嘩をふっかけたという話しで、俺の知るところではなかった。
こういうのは面白くない。
自分の知らないことを話されると二人の世界だ。

そして二人が話し込むと、周りも自分の手近なとこに目がいくようで本城さんたちを余所に個々で話しているようだった。
さすが酒の席。状況は目まぐるしく変わり俺はあっという間に不要となり、もう帰っても大丈夫だろうと判断して軍司さんにそう告げる。

本城さんに話しかけられている軍司さんはよそ見をできないのか、夜中の不躾な呼び出しに応じた俺に構うこともせず(まあ、こんな状況で構ってほしくもないけど)だんだん腹がたってきて、もう早く帰りたかった。
だけども阻まれる。


「さっき来たばっかじゃん。ご褒美もあげてないし、ほれ。飲んできな」


本城さんは俺にビールを差し出しにっこりと笑う。笑顔が似合う顔立ちをしていると思った。
つーか俺原チャリだし…。

家はそう遠くないし帰る方法はいくらでもある。腹もたっていたし酒でごまかすのには調度よく、後の事はどうでも良くなってビールを受け取ってしまった。







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