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□only you
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家までの残りの帰り道は心臓がずっと鳴りっぱなしだった。
これは不安や心細さからくるものだというのはすぐに分かった。


古賀に気を許すという変化になんで気付かなかったんだろう。そのせいで古賀は、軍司さんしか見えていない俺が古賀のことを見るようになったと思ったのだ。


古賀に向けていたのものは恋する痛みへの同情だったはずだ。でもそれがこんなことになるなんて自分の失態が情けなくて悔しい。

軍司さんだけでよかったはずなのに、他の奴の感触が残る唇が許せなかった。


俺は今すぐ軍司さんでいっぱいになりたくて、軍司さんにメールを入れるとうちには寄らずに軍司さんの家に直行した。
着く時間を言っておいたから軍司さんの家が目に入ると同時に玄関先に出ていた軍司さんの姿も見えて、俺はそれに向かって走りだした。


軍司さんの顔も見ないで胸に飛び込んで抱き着く。
道に迷って、ようやく家に戻れた時のようにひどく安心して泣きそうになった。


軍司さんだ。あったかくて優しい俺の大好きな軍司さん。


軍司さんはここじゃ目立つから、とまず自分の部屋に通してくれた。
まだ気持ちは治まらずもう一度軍司さんに抱き着いてその存在を噛み締める。


「遅くにどうしたんだよ。バイト上がりじゃねーの?」
「軍司さんに会いたかった……」
「今日も会ったし明日も会うだろ」
「違うんです。今すぐ会いたくて」
「可愛いこと言いやがって。何かあったのか」



俺は軍司さんの腕の中でふるふると首を振ったが、未だ消えない唇の感触を上書きしたくて顔を上げると味わうように軍司さんと唇を重ねた。


舌先で下唇をなぞってからねだるように舌を絡めていくと、軍司さんは俺の舌を歯で挟んできゅっと吸う。首筋が粟だった。
そして俺の中はどんどん軍司さんで満たされていって、騒いでいた心臓はようやく落ち着きを取り戻した。



軍司さんが俺の頬を撫でてそっと唇を離すと視線が合わさって、その表情は心配しているような怒っているようなそんな顔をしていた。



「十希夫…目が赤い。泣いてたのか?何があったんだよ」

そう言われて、俺ははっとして顔を伏せたがもう遅い。目が赤いなんて気付かなかった。軍司さんは何かを感じ取っているようで、気を反らすことが出来なかった。


「誰が俺の十希夫を泣かした」


自分が悪いのに、責められない罪悪感で胸が痛んでついに泣いてしまった。じんわりと目の縁から零れるような涙だったが、下を向いていたせいですとんと床に落ちる。


「……俺は、軍司さんしか、好きになりたくない」


これから話すことに対しての言い訳に聞こえるかもしれないがこの本当の気持ちは先に言っておかなければと思った。





時々鼻を啜りながらゆっくり話す俺の話しを、軍司さんは相槌を打ちながら聞いてくれた。

うん、それで。と次を促す軍司さんの相槌は子供の話しを聞くように優しくて、途中で握った手の指を何度も絡め直した。



全部話し終えて一息つくと軍司さんは俺の頬を両手で包んで顔中にキスをしてきた。耳たぶを掠めた時はくすぐったくて肩を竦める。


「ちょっ、ちょっと軍司さん?」
「ん、ちょっと待て。キスし足りない」

そう言って今度は首筋や鎖骨辺りまで下がってきた唇が何度も、ちゅ、ちゅうっと音を立てるからなんだかおかしくなってきてふっと笑ってしまった。


「ようやく笑ったか。十希夫、お前なぁどんだけ俺のこと好きなんだ。かわいすぎるぞ。さっきの話し浮気したわけでもねーし大丈夫だ、気にすんな。まぁキスされたのは嫌だけど」
「そ、そんな。だって、俺軍司さんに好きだって言われたときすげぇ嬉しかったから、この人だけってそう思ったのにそれを破ったみたいで……」
「真面目だもんな、十希夫。でもそこまで想われてて俺も嬉しいんだか恥ずかしいんだか」


軍司さんの笑いかける顔にさっきまでのもやもやした気持ちはもうどこかにいっていた。
よかった。俺の気持ちは軍司さんのもので他の誰かに渡らなくて。


「なあ十希夫。まだ不安か?」
「え?」
「ちょっと可愛がってやりてーんだけど、ついでにもっと俺のことしか考えられなくしてやろうか」



軍司さんはにやりと笑って服の裾から手を忍ばせると俺の脇腹を撫でた。その手がするすると上に上がってくると軍司さんの親指が胸の突起を掠めて、んっ…と小さく声を漏らしてしまった。


「やらしい奴。こういうこと仕掛けるとすぐ期待した顔するもんな」


それはそれだけこの先に軍司さんに何をされるか知っているからだ。期待した顔をしているなんて思ってもなかったから恥ずかしくて顔に熱が集まるのが分かる。


「どんな顔してるんですか、俺」
「早くしてって顔」


そんな物欲しそうな顔をしているんだろうか、でも今はホントにその状況だ。軍司さんの首にそっと腕を回して抱き着くと囁くように言った。


「軍司さんのことだけ考えてたい」
「じゃあ可愛くおねだりしてみな」
「………」
「ほら、早く」
「…え、えっと…」
「うん?」


可愛くってどんなだろうかと戸惑ってしまい少し考えた。そして抱き着いていた体を離して軍司さんの手を取ると、その大きな手にすりっと頬擦りをしてため息を漏らすように「お願い」と言った。






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