2

□only you
4ページ/8ページ

「今はまだお前の気持ちは聞かないでおくよ。十希夫の中で俺の存在がもう少しでかくなるまで待つから」


そう言い残して古賀はその日は帰っていった。
抱きしめられただけだったのに、俺は軍司さんにたいして後ろめたさのようなものを感じてしまった。
いまどき好きな人以外とのスキンシップのような接触くらい普通なのにそう感じてしまったのは多分、古賀の気持ちを受け止めたということだろう。





それから古賀からしばらくメールが来なくなって、自分で言っておきながら一体なんなんだろうかと思っていたら、四日目の夜、俺がバイトが終わって店を出たら古賀の姿があった。


「よぅ、お疲れ」
「あ、あぁ……お疲れ。つーかなんでいるんだ?」
「あれから考えたんだよ。俺ら時間合わねーだろ?十希夫のバイト上がりだったら俺はもう時間あるし、送ってく時間だけでも会えたらと思って」


古賀は言いながらにっこり笑って俺に手を差し出してきた。
手を繋ぐということなんだろうか、さすがにそれに手を返すことはできなかった。俺は古賀を邪険に扱うこともできず帰り道を一緒に行くと、古賀は間をあけることなく話しかけてきた。

今まではほとんどメールだったし中学の時は自分たちのことはあんまり話さなかったから、古賀の口から私生活のことを聞くのは面白かった。
というのも、古賀は仕事の話しをしたがこんなに話しのうまい奴だとは知らなくて、饒舌に語られるその内容に俺は飽きることはなかった。


相槌を打ちながら時々俺も自分の話しをして、いつもはバイト上がりの疲れを携えての帰宅だったがこの日は気にならなかった。




そんなことが何回か続くと普通の友達のように気が和らいで、複雑な気持ちにはならなくなっていた。
しかしある時古賀が「手を繋ぎたい」とはっきり言ってきて、でもその表情は俯いていて読み取れない。きっと簡単に出た言葉ではないんだろうと思ったら自然と古賀に手を差し出していた。

もう季節は夏から秋に移り変わってきていて風もたいぶ涼しい。
そのせいか古賀の手はずいぶんと温かく感じた。


「古賀…手、震えてねぇ?」
「バカ、緊張するに決まってんだろ。つーかいい歳して手繋ぐくらいで情けねーな」


その気持ちは痛いほど分かった。
俺も軍司さんと手を繋ぐと未だにドキドキする。古賀を拒めないのは自分を見ているようでもあるからかもしれない。
古賀が俺を想う姿が、俺が軍司さんを想う姿に重ねてしまう。


手を繋ぐようになってからは古賀は、よく言えば積極的に、悪く言えば強引さが出てきて抱きしめたりくっついてきたりとスキンシップが増えた。

その度に古賀はホントに嬉しそうに顔を綻ばせるからこっちもつい笑ってしまって、俺は自分の中の変化にまだ気付いてなかった。



そうしている内に、一ヶ月くらいした頃だろうか、俺にとってはとんでもないことが起こった。


バイト上がりにいつものように古賀が待っていて、手には肉まんと缶コーヒーを持っていた。
帰り道の途中の公園で食べていこうと言われて、ちょうど腹も減っていたし有り難く受け取った。


枯れ葉が目立つようになった夜中の公園でそれを食べていると、季節の変わり目の今は服の調節が難しく薄着だったようで冷たい風に肩が震えた。

そしたら隣に座っていた古賀が俺の肩を手を回して引き寄せてくるから僅かに身を引く。


「なぁ十希夫、今度どっか行かないか?ちょっと遠出してさ」



古賀は静かな公園で声が響かないように耳元でそう言われて俺は固まった。
遠出、に深い意味がなかったとしても二人きりで出掛けるのはナシだ。俺の中でのぎりぎりのラインだと思う。行かない、と言ったら古賀は俺の肩にかけていた手を力を込めて抱き寄せた。
その拍子に缶コーヒーを落としてしまいほとんど入っていなかったそれは、カンッと乾いた音をたてた。


「出掛けるくらいいいだろ」
「ダメだって、そんな気ねぇし……それに、俺には…」
「なんだよ、そんな気って。抱きしめられるってことは俺のこと少しは考えてくれてんだろ?」


それを聞いて自分の頭が一気に冷えていくのを感じた。
俺はいつの間にか古賀を受け入れていたのか?
受け止めるのはいいが受け入れるなんてダメだ。俺には軍司さんがいて、そこに他の奴を入れるわけにはいかない。それが俺なりの軍司さんへの誠意なんだ。



それなのに、古賀がそう思ってしまうような軽率な行動をとっていた自分が急に恥ずかしくなって俺は古賀の腕から逃げようとした。そしたら古賀はそれを押さえつけてキスをしてきた。

勢いがあったせいか歯がガチッと合わさって、少しの痛みの後に古賀の舌が無遠慮に入ってきて俺の舌を絡め取った。
嫌だというよりは悲しい感じがして目頭が熱くなる。

力づくで古賀を振り切ると、古賀も泣いているかのように目を潤ませていた。


「十希夫…どうやったらお前のことが手に入るんだ。岩城さん以上の存在のなり方なんてわかんねーよ」


それにはどう返していいのか、返す言葉なんてあるのか分からなくて、悪いと一言だけ残して俺はその場を後にした。






次へ
前へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ