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□only you
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俺の気も知らないで、といったような古賀の様子に、そんなことを言われたって分かるわけがないと大いに突っ込んでやりたかった。

「十希夫は岩城さん一筋だもんな。お前が付き合ってんのって岩城さんなのか?」


古賀のその一言に俺は一瞬思考が停止して、それで動けなくなった。違うとそう言えばいいだけなのに、人は隠し事を暴かれると否定すらできなくなるらしい。

「お前が否定もしないってことはホントか」
「…なんで」
「まぁ、自分に敵が多けりゃ悪い噂もあるわな。大方、十希夫を気に入らねー奴がいつも岩城さんと一緒のお前をそういう風に言ったんだろ。そんなくだらねー話し誰も信じてないけどな。俺は多分そうだろうと思ったから聞いてみたけど、はぐらかされると思ったら否定もしねーし」


古賀はいつの間にか食べ終わっていて、タバコに火をつけながら一息に言った。
鈴蘭で一派を持っていれば敵が多いのは当然だが、そんな陰湿な噂が流れているなんてタチが悪い。自分の拳を振り上げることもできない口だけの野郎がそういうことをするのだ。
俺は屈辱と羞恥とでいつもの冷静さはどこへ行ったのかどう切り抜けていいか考えることができなかった。それに、古賀の論点も分からない。


「何が言いたいのかはっきりしてくんねーか?」
「切れ者のお前がここまで言っても分かんねーなんて相当動揺してんだな」

古賀はテーブルの下で俺の足を軽く蹴った。そして爪先を、猫が擦り寄ってくるように合わせてきて、それで俺は古賀の言わんとしていることに気付く。下げたままだった視線をちらりと上げると、古賀はこっちを見据えていた。


「俺、お前のことが好きだ。…ただ十希夫が岩城さんのことしか見てなかったからつけいる隙なんてないと思ってた。蠍退治ん時に俺を頼ってきてくれてすげー嬉しかったんだぜ。今までは遠慮してたとこもあったけど今はもう岩城さんとは土俵が違う」


古賀の目は人を引き込むほどの強さがあって本気で自分の思いを語っているのだと思った。でも俺はその続きを聞きたくなくて、伝票を掴んで席を立った。
古賀が止めるのも聞かずにレジに行く。とにかくこの場を去りたくてさっさと会計を済ませようと二人分の代金を出していたら、別に奢られたくねーよと古賀が横から言って自分の分を出していた。

俺は古賀から逃げるように足早に店を出て先を行こうとすると、追いかけてきた古賀が俺の腕を掴んで止めた。

「待てよ、なんで逃げんだよ」


俺は軍司さんが好きなんだ。軍司さんがいればそれでいい。

人の真っ直ぐで真剣な想いは相手の心を捕らえる強い力がある。
さっきの古賀の目にはそれがあるのが分かって、自分の心に軍司さん以外の人間を入れるのが怖かった。
嫌悪のある相手ならまだしも友人として自分のテリトリーに入れていた奴なのだ、完全に拒むことなんてできないから余計に。


「十希夫、俺のこと嫌いか?」
「嫌いでは…ない…」
「じゃあ逃げんなよ。俺、岩城さんからお前のこと奪いにきたんだ。少しでも俺のこと見てくれてるって思ったから……好きなんだよ」


古賀の声はその想いに反して細く小さくなっていって、俺の腕を掴んでいた力が一層強くなったかと思ったら人目につかない物陰まで引かれて、そして抱きしめられた。
軍司さんと違う匂いがしたのに、拒めなかった。
今、俺を抱きしめているこの腕と同じ強さを知っている。

軍司さんが好きだと言って俺を抱きしめる時と同じだ。

そんな切なさがこもった腕の拒み方を俺はまだ知らなかった。






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