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□はい、と言いなさい
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朝から重く空を覆っていた雲はついに雪を散らせ始めた。
明日の朝になったら積もっているだろうなと思いつつ、もう夜も遅い時間だったから寝るためにベットに潜り込むと枕元に置いてあったケータイが、鳴った。
まるでまくし立てるように着メロが鳴っているケータイを見ると軍司さんからだった。こんな時間になんの用事だろうかと思って耳に宛てると、瞬間耳をつんざくような声が聞こえてきた。


「おー!出たぞ!!」

「……な、なんだぁ?」


あまりの音量に反射的にケータイを耳から遠ざけたが、それでも向こうの声が聞こえてくるほどだ。しかし、軍司さんからの着信のはずなのに聞こえてきたのは知らない声で、一体何が起こっているのかと不思議に思っていると、ざわざわとうるさい電話の向こうからかすかに軍司さんらしき声が聞こえる。何を言っているかは分からないが、喧騒と同じように張り上げているような声。電話口に呼び掛けると先程の第一声目に聞こえてきた声の主が再び話しかけてきた。


「十希夫くん?軍司は預かった。赤ふじ分かるー?」
「はい?」
「だ・か・ら、軍司は預かってるから返して欲しければ赤ふじに来なさーい!」


明らかに酔っ払いの喋り方でそう言われて、まあ当然のごとく意味が分からなかった。とは言え、赤ふじと言えばここらでは誰でも知っている居酒屋で、どんな状況なのだろうか考えようとしたその時、またしても耳をつんざくような大声が。


「十希夫か!?来なくていいぞ!来るな!」

走り終えた後のようなゼィゼィと荒い呼吸の軍司さんにだんだんと軍司さんの置かれる状況が分かってきた。


「軍司さん、誰と飲んでんですか?」
「あ!?ほ、ほん……うぉっ!ちょっ、何すんですか!やめて……」


下さい、という言葉の最後はほとんど聞こえなかった。多分またケータイを取られたのだろう。


「十希夫くんが来ねぇと、軍司剥いちゃうから今すぐおいで。ちゃんとご褒美くらいはあげるからさ」


ケラケラと笑う声と共にそう言われてそこで通話は途切れた。急に静かになったせいで部屋の静けさが逆に耳に痛いように感じた。布団から這い出て大きく溜息をつく。

外、雪降ってんだろーが…。

どうせ酔っ払いのイタズラみたいな電話だ。無視したってどうってことないだろう。

電話内容からして察するに、先輩の誰かと飲んでいた軍司さんは酔っ払いにケータイを取られた、とそんなとこだ。なんで俺が呼び出されるのか本気で意味分かんねぇけど。
俺が顔を出さないと軍司さんが身ぐるみ剥かれてしまうらしいというのも分かる。飲み会の席だしそれくらいいいんじゃないだろうかと一瞬思ったが、そんなことをされる軍司さんを想像したくなくて俺はもう一度溜息をついてベットから降りて着替え始めた。
寝る直前だったんだから、ふざけんなと言い返してもいいくらいなのにこうして軍司さんを助け出しに行こうとしているなんてつくづく俺は軍司さんのことが好きなんだと思った。好きっつーか大好きなんだけど。









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