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□I will の続きが言えなくて
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十希夫は理解がある。
ものすごく理解がある。
だからよくある長い付き合いの中での喧嘩というのが全くないし(ちょっとした言い合いはある)甘えてくれることは時々あるがねだられるようなことはない。俺を困らせるようなことをしたことはなくむしろかいがいしい程の気遣いができていると思う。

まー、どう考えても出来過ぎる恋人に不満の一つもないわけで。と言いたいとこだが、この出来過ぎさが少し寂しく思ってしまうのは贅沢というものだろうか。どこか遠慮しているとこがあるようでならない。舎弟関係のほうが長かったせいだろう、常に俺のことを上に置いているのだ。
どちらが優位に立っているとか主導権を握っているとかそんなことどうでもよくて、十希夫とは対等に分かち合いたいと思う。
十希夫を従えたいわけではない、可愛い恋人と肩を並べて歩きたいと思うのは当然のことだ。

でも、十希夫は高校三年生俺は社会人一年生というそんな差が余計に十希夫を遠慮がちに
させているようで。

仕事の都合で急に会えなくなることもしばしばあったが、十希夫は声色一つ変えず了承して別の日でいいと言う。
あまりにあっさりとした切り返しに、断りを入れたこっちがシュンとしてしまった。
いっそ俺のことなんてどうでもいいんじゃないかと思ってしまう。

きっと十希夫が文句の一つでも言ったら俺は嬉しくてしょうがない。
文句を言われたい、喧嘩がしたいだなんて酔狂なことを思うほどに十希夫の理解は完璧なものだった。



 

元々、俺は年配受けが良かった。
近所では岩城工務店の倅で顔を知られていることもあってかよく声をかけられる。
中学に上がってからはよくない噂もちらほらあったみたいだが、まだ歩くこともできない
頃から俺のことを知っている向かいに住むばあちゃんなんかは、男の子はやんちゃなくらいがちょうどいいのよ、なんて笑いながら菓子をくれた。
いや、さすがに菓子貰って喜ぶ年齢ではないだろ、と思ったがばあちゃんから見たらみんなガキみたいなもんだ。
そういう、かわいたがりな上に世話焼きな人が世の中にはいて、それがウチ(工務店)のお得意様だ。

じいちゃんの代から世話になっている永原さんは顔の広い人で、ウチの仕事を気に入って
くれているもんだから他の客をよく紹介してくれる得意中のお得意様だった。
俺も小さい頃から何度か顔を合わせていて、高校を卒業してウチの仕事に就くようになったのを知ると自分の孫のことように喜んでくれるような人だからあそこまで言われたらどうにも引くことができなかったのだ。

永原さんの親戚の娘さんがちょうど俺と同じような年頃なのだが親しくしている男友達がいないのだという。そこで世話焼きの永原さんはすぐに俺の顔が浮かんだらしく一度会ってみたらどうかと俺の方にも連絡がきた。もちろん最初は断ったが「そういうことを言わずに」の押し問答が続いてあんまり強く断って心象を悪くされても困るので渋々承諾の返事をしたのだった。

始めは会うだけだからと思っていたのだが、永原さんはやたら張り切ってしまっていつの間にか見合いかのように話が進んでいた。さすがに仕事も始めたばかりだし未熟者は仕事に専念させると親父も言ってくれるものと思っていたのに、あの人は一度動いたら止められないから諦めろと目を瞑られてしまった。

見合いとは言っても今どきのものは結婚前提なんてほとんどなく出会いの場の提供みたいなものだ。
もう俺はそう自分に言い聞かせるしかなかったが、そんな時気にしてしまうのはやっぱり十希夫のことで、今回の件は言わなければ分からないことだったが後々変な風に十希夫の耳に入っても困るし、気を悪くされてもきちんと言っておこうと思った。
こんな話をしたら十希夫は焦るだろうか。俺がいるのに、と怒ってくれるだろうか。
淡い期待を抱かないわけがなくて妙にそわそわした


平日の夕飯後、風呂も入ってくつろいでいるだろう時間に十希夫に連絡を入れて会いに行った。
この時間は一日が終わって肩の力がすとんと抜ける。そんな気を張ってない柔らかい雰囲気の十希夫が好きで、友人宅ならいい顔をされない訪問時間だが俺は原田家で家族同然の扱いを受けているから気兼ねなく顔を出すことができて、そんな十希夫を見れるのは俺だけの特権だった。

十希夫の部屋のドアをノックして入ると、十希夫は窓際に机に向かって何か書いていた。

「なにしてんだ?」
「んー・・・単位の足りない奴の救済の課題、なんですけど・・・足りててもやらなきゃいけなくて」

その課題をやりながら答えて、一段落つくとペンを置いてようやくこっちを向いた。

「とんだとばっちりだな。でも学校でやりゃいーじゃねぇか、家でくらいゆっくりしろよ」
「うるさいから気が散るんですよ。すぐ終わるからやってった方が楽だし」

こういう生真面目なとこだけは昔から変わらない。
十希夫はイスから降りてベッド脇のローテーブルに俺と向かい合って座った。

「で、話しってなんですか」

予想もつかない十希夫の反応にさすがに身構えてしまうが、顔には出さないようになんでもない風にさらっと言った。

「見合いすることになった」

一から説明しよう思ったのだが、きっと説明していたら十希夫は納得して行ってらっしゃいと言うのだろうと思って、俺が見たいのはそんないい子な十希夫じゃなかった。
 焦って、なんで断らないんだと突っかかってくる十希夫が見たかったのだ。

しかし十希夫は声を荒げることも表情も変えなかった。
多分三分もたってないと思う、そんな短い時間だったがたっぷりと間が空いたように感じて十希夫は身動き一つしないで何を考えているんだろうか、次に出てくる言葉が少し怖くなった。
本当に嫌だったら考えることなく拒否を示すんじゃないだろうか。
その間が俺を不穏な気持ちにさせる。
 
「結婚・・・とか考えてるんですか」

十希夫は俺と目線を合わしたままだったが俺のことなんて見ていないようだった。

「いや、俺にはまだ早い。・・・会うだけだ」

これでは誰だって勘違いする伝え方だ。分かっていたけど、もっと感情的になって止めて欲しかった俺は歯がゆくてそれ以上言葉が進まなかった。
 
「気の合う人だといいですね・・・」

十希夫は目線をはずすと少し俯いてそう言った。

「十希夫・・・お前はそれでいいのか」
「軍司さんが決めたことだから」

その一言に頭の芯が熱くなるのを感じた。

「俺が言ったことならなんでも聞くっていうのか?そこにお前の気持ちはないのか?」

少し声を荒げてまくし立てるように言うと十希夫はなんとか聞こえるくらいの小さな声で、よく分かりませんと言った。

なにが分からないんだろうか。俺には十希夫のことがよっぽど分からなかった。
じゃあ今まで付き合ってきたのはなんだっていうんだ。重ねた肌も唇も確かに俺は愛を感じていた。
まだガキに毛が生えただけのひよっこかもしんねーけど、それでも俺は十希夫を想う気持ちは愛なんだと言える。

十希夫もそう思ってくれているなら止めて欲しかった。

俺たちの間には壁があったんだろうかと思ったら、十希夫に差し出していた全部が嘲笑われたような気がしてそれ以上何も言えなかった。

部屋を出る時十希夫の顔を見ることが出来なかったが、ドアを閉める瞬間、十希夫が鼻を啜った音が聞こえた。

 泣きてーのはこっちだ。

そうして俺は、最後に泣いたのはいつだったかも思い出せないくらい久しぶりに泣いたのだった。















→2へ続く
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