小匣

□揺れる傘揺れる恋
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好きで。
好きで好きで好きで。

頭も心も、君のことでいっぱいになるの。
でも、ふと。
逃げ出したくなるのは、なぜなんだろう。


「政宗…」

曇天を見上げ、名前を呼んでみる。

もう何度、呼んだことだろう。
数えきれないそれに比べて、呼ばれたことは何て少ないことだろう。


声をかけて欲しくて、気に掛けてほしくて。

髪型も変えた。
服装も、好きだというものを取り入れたり。
普段聞かないロックだって、聞いたりした。

でも、ダメなんだ。
彼の視界には、入らない。入れない。

どうしたら入れるのか、そればっかり考えてる。
それはとても、辛いことに思えて。

好きでやってるのに、辛いってどういう事なの。
気付いたら、自分を責めている。
だんだんと、後戻りできないところまで。


ああ、雨が降りだした。
雨まで私を責めているよう。

次々に咲く傘の花。
灰色の世界に、鮮やかなそれ。
目の前を横切る色の洪水を、ぼんやり眺めた。


手段を選ばなければ、方法はいくらでもある。
だけど、そうじゃなくて。
『私』を見てほしいと。


「わがままな事に、そう、思ったんだ」



傘をささなければ。
頭の片隅でそう思うけど、身体は動かなかった。
足は、疾うの昔に止まってしまってる。


このまま、この気持ちに蓋をしてしまって。
いつか、化石になった頃にあああんなこともあったって…思い出す方が、楽なのかな。


ぽつん、ぽつん。
足元に水玉が増えていく。


色の洪水に、ふいに紛れ込んだもの。
あああの青い傘。
見覚えがある。
覚えてる。



「政宗…」

男友達と、バカな事でも話してるんだろう。
いたずらっ子みたいな表情は、普段よりも幼く見えて、どきんとした。

異性といる時とは別の顔。
そんな政宗も、大好き。



「諦めるなんて、無理…」

だんだん遠ざかる姿を見送りながら、私は空を仰いだ。

グレーの空に、それより少しだけ濃い水滴が、ふわりふわりと落ちてくる。


頬で水滴を受けながら、私は立ち尽くした。
ゆらゆら揺れても結局、たどり着く場所は同じ、なんだと。




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