戦場に踊る竜

□猛獣の食卓
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先に根を上げた方が負け。曲がりなりにも知性と理性を自負する生き物ならば、本能のまま手を出すなんて不作法にも程がある。
せめて、少しは格好をつけて。


今日も今日とて1イェンも得になるどころか、計上損失を減らす為に朝から帳簿と顔を付き合わせている。俺が計算機のキィを叩く音と、ギギナが家具雑誌のページを捲る音しか聞こえない。優雅に雑誌なんぞ読んでいるギギナに無言で毒電波送信。家具まみれの妄想で死ね。電波を受信した訳でもないだろうが、ギギナが家具雑誌を閉じて「ほぅ」と満足気な息を吐いた。どこかうっとりとした眼差しで雑誌の表紙を眺めている。そんなギギナを完全に存在しないものと認識している俺は、帳簿の数字と完全武装の闘いを繰り広げていた。俺の横顔にギギナが視線を注ぐが、ギギナの存在を空気以下に設定している俺は完璧なまでに無視。と云うか、気付きたくない。
大体こんな事務仕事の最中にギギナと目を合わせるとロクな事がないのだ。
有無を言わさず組み敷かれ、翌朝までベッドに拘束されるコース決定だ。別にギギナとの行為が嫌な訳じゃない。
上手いし、気持ち良い事は好きだし。そこにギギナへの何らかの感情もあるはず。多分。気付きたくないというのが本音だったり。
言いたいのは、仕事中だろうが何だろうがケダモノみたいに、いきなりサカるのを勘弁して欲しいのと翌日まともに動けるように配慮をしろという事だ。

ギギナの視線に『気付いてませんよ』的な感じでスルー。肩に手をやり、動かすとコキリと音が鳴る。凝った首筋を掌で軽く揉みながら台所に移動した。
背中にギギナの視線を感じる。全く、暇なら暇で自分から仕事を探そうって気はないのか、アイツは。
そういえば、前は暇潰しは娼館か家具屋だったのが、この頃は家具屋にしか行っていないような気も…いやいやいや!!気のせい気のせい。アイツは暇潰しの女に事欠かないから!!
頭をよぎった考えに、うすら寒い物を感じた俺は珈琲を淹れる準備を続ける。

ギシリと床板が軋んで、嫌でも耳慣れた足音が背後から近付く。気に留めない振りが辛くなってきた。背後に近付く気配に耐えきれなくて、首だけ振り向くとギギナが入り口に立っている。鋼色の瞳の奥に欲の色が揺らめいているのを見た俺は舌打ちをしたい気分でいっぱいだった。予想通りかよっ!しかも入り口を塞がれて、逃げ場もねぇ!!悔しくなるが、焦りを見せる事は出来ない。何せ相手はケダモノ。こちらの焦りを悟った瞬間、喉笛に食らい付いて、抵抗も出来ないまま貪られる事間違いなし。

「どうした?お前も珈琲いるか?」

我ながら白々しく聞くと、ギギナは無言で俺の背中に覆い被さった。
ギギナの厚い胸筋が背中に当たる。それと同時にギギナの白い手が陶杯を掴んでいた俺の手を取り、するりと指が絡められた。絡めた指を持ち上げられ、ギギナの美姫のような唇が俺の手に触れる。手の甲を啄み、指の背を甘く食んでからかう間もギギナの目は俺から離れない。視線を反らす事も出来ない俺は、顔が熱くなっていくのを自覚した。ええい!このまま喰われてたまるかっ!!

「…娼館に行け」
「暇潰しだと?」

間髪入れずに返したギギナの科白に、首まで赤くなっているだろう。熱を持ったこめかみに、ギギナの少しひんやりした唇が押し当てられる。その感触にビクリと身体が震え、ギギナのもう片方の手が俺の顎を捕らえ、視線が合わさる。

「無意識に誘う貴様が悪い。安心しろ。満足させてやる」

獰猛に笑ったギギナが俺の唇に噛みついた。「誰が何時誘った!!この万年発情腐れドラッケン!!」なんて罵声も、萎えさせる為の戯れ言も出てこない。
終始、腹を空かせた猛獣を人間未満にする方法を考えながら、その背中に手を回す俺にこそ、大きな問題があるのだろう。



END

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