戦場に踊る竜

□greyhound
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私がエリダナに腰を落ち着ける気になったのは、偏に雑多な空気が肌に合ったからだろう。
ありとあらゆる物が「街」にぶちこまれ、煮込まれている。
第三者に指摘されるまでもなく、歪んでいる私には、それが堪らなく心地良かった。
元々バーテンダーだった私はさして職に困る事もなく、場末の小さなバーに勤め始めた。そこで私は「彼」に出会った。

「彼」はこのバーの常連で、初めて「彼」を見た時は思わず息を飲んでしまった。
赤銅色の髪に薄暗い店内でも分かる滑らかな肌、均整の取れた、しかし女の私から見ても細い身体はしなやかだ。なにより、私の目を引いたのは、藍の眼差し。
光の射さない深海の色に、ふと怜悧な光が浮かぶのを見た瞬間、私は「彼」に引き付けられた。
白いコートの影に魔杖剣がちらりと見え、「彼」が攻性咒式士だと知り、その後「彼」が十三階梯の咒式士だと知って、更に驚いた事を思い出し、ふと笑みが零れた。
零れた笑みをそのままに、「彼」に視線を向けると、「彼」は疲れたような表情に僅かに笑みを浮かべた。

 カウンターのスツールに腰を落ち着けた「彼」からギレンテ酒のオーダーを受け、すぐに用意をする。コースターにグラスを置くと、薬品焼けをした指がグラスを掴む。

「随分とお疲れのようですね」
「疲れてない日を探す方が難しいね。でも、美人に労わってもらえるなら、悪くはないかな?」
「社交辞令ですよ」
「分ってたけど、改めて言われると傷付くなぁ」

カウンターに頬杖をつき、さほど傷付いてもいない表情で「彼」は笑ってグラスを傾ける。空になったグラスに新たにギレンテ酒を注ぐ。注ぎながら、自分の気分の浮上具合を自覚して、思春期の小娘かと自嘲する。
会話を交わして、酒を出す事で満足してしまえるなんて。それなりの恋愛をしてきたつもりだったし、自分から手を伸ばす事だって数え切れない位にあったはずなのに。
ふと見ると3杯目のグラスも残り少ない。今日は随分とペースが早い。
ギレンテ酒のボトルを出そうとすると、「ダイクン酒を」とオーダーされた。グラスに酒を注いでステア。「彼」の前に置く。そろそろアルコールが回り始めてくる頃だ。目元をうっすらと紅く染めた「彼」がぐしゃりと前髪をかき回して、カクテルを一気に呷る。
これは何かあったのかもしれない。好奇心に負けた私が口を開こうとした時、身体の芯に響くような美声が「彼」にかけられた。

「こんな所にいたのか。眼鏡の台座」

 声の方へ視線を向けると、そこには彫像のように美しい男が立っていた。
銀色の髪、紫銀の瞳。抜けるように白い肌、隆々たる筋肉。場末のバーの照明でも、この男の美しさは損なわれるどころか、宗教画のような神々しさを思わせるから不思議だ。何回見ても慣れなくて、陶然と見惚れてしまう。この男が「彼」の相棒だ。初めて見た時はあまりの美貌に呆然としてしまったが、今は少しは慣れたと思う。
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