連載

□Unsaubere Liebe
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10月、早秋の空。
穏やかな小春日和。
告げられたのは、思いもしない言葉だった。










「好きだ」



いつになく真剣な顔で呼び止められ、困惑しながらも相手に連れられ人気のない路地裏に来ていた。僅かに自分より下にある両目が、真っ直ぐにこちらを見ている。その色が鮮やかな青であることに気付いた瞬間、手塚は予想もしない言葉を告げられた。




「・・・・・・・」
暫くの間、何の反応も出来ず立ち尽くす。間抜けなくらい目を見開いているのが分かる。だが、今の手塚にはそうするしかなかった。



今、この男は何と言った?

自分に、男に対して好きだと言わなかったか?




その三文字が、決して友愛の情からくるものではないと、雰囲気と相手の様子から伝わってくる。手塚は内心ひどく混乱した。
そんな手塚に動じることなく、彼に告白した男は再び口を開いた。




「お前が他の誰かを好きだってことは知ってる」


何を、言っているのだろう。


「でも、分かってんだろ?叶わない想いだって」
「なにを・・・」
「誤魔化すんじゃねぇぞ。こっちは3年近くテメェのこと、見てきたんだ。お前が誰を見ているかなんて、簡単に分かる」
「・・・・・・・」



何も、言えなくなる。
普段と変わらず、跡部は自分の発言に自信を持っていた。ただ違うのは、いつもは人を上から見下している男が、今は対等な立場に立って手塚と向かい合っているということ。




「俺は・・・」


分からない。
自分が何を感じて、何と答えたいのか。



そうこうしているうちに、跡部が尋ねてきた。
「俺のこと、嫌いか?」
「・・・っ」
低い声が、突き刺すように問うてくる。圧迫されている訳ではない。ただ、本気で本当の気持ちを知りたいと、跡部の目が、声が訴えていた。それが、手塚には苦痛に感じられた。




「・・・・嫌いじゃない」
呟くように口にした返答は、嘘ではない。お互いによきライバルだと思っているはずだし、それだけで手塚が跡部を嫌っていない理由になるだろう。もっとも、跡部はそれだけではなかったようだが。



「そうか・・・」
手塚の答えを聞いて、跡部は微かに笑った。なぜかそれを目にした瞬間、鼓動が跳ね上がった。



「なら・・・俺と付き合ってくれねぇか?」
「え・・・」
「さっきも言ったが、お前の気持ちは知っている。それでも構わねぇ」
言いながら、跡部がこちらに近寄ってくる。もともと大して空いていなかった二人の距離は、すぐに縮まった。薄暗い路地に、数秒沈黙が流れた。
跡部の青い双眸が、目の前にくる。






「俺様のモノになれ」












唇が、重なる。




それは、手塚にとって初めての口付けだった。






戸惑う手塚の耳元で、跡部が囁く。





「辛い恋なんて捨てればいい。忘れられねぇってんなら、俺が忘れさせてやる」




背中に腕が回る。
だらりと垂れ下がった腕から、テニスバッグがずり落ちていった。鈍い音をたてて、地面に落ちる。
強い力で抱き締められて、思考が完全に停止した。





「お前は、俺を好きになれ」



どこか切羽詰まった声が、すぐ近くから聞こえてくる。強気で自信家で、常に弱さなど感じさせない跡部。そんな彼の、今までなら想像も出来なかった態度を目の当たりにし、手塚の胸中に迷いとは違う感情が生まれてきた。それを何と呼ぶのか、手塚には分からない。








「俺を好きになれ・・・」








それが、最後の一言だった。
気が付けば、腕が勝手に動いていた。肩口に頭を寄せ、制服の背中を強く握る。



それが、手塚の答えだった。













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