短編小説
□理論武装
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「君は僕と歩いていなかったか」
中に入った途端、友人に問い掛けられた。
歩いていた。歩いていたとも。それがどうかしたのだろうか。
「ならば何故、入ってくるのが遅れたんだ」
先程まで慣れた会話を繰り返し、すっかり気が緩んでいた僕は、この後禁句を口にしてしまう。
「ああ、鍵をあけていたからね」
友人と僕の会話は、言うなれば『そもさん、せっぱ』なのだ。問いには簡潔に答える。
しかしこの時僕は、失敗したと言わざるをえない。取り返しのつかない答えを返してしまったのだ。
「鍵をあけていた? つまり鍵はしまっていたということか?」
僕は全身から血の気が引くのを感じた。
よくない。これはよくない。どうすれば彼の気を逸らせるだろう。
無理な事とは知りながら、僕は言葉を探して沈黙を生んだ。
「しかし、僕が先に家に入ったんだぞ? その後僕が鍵をしめ直した? ばかな、そんな筈はないだろう」
「……あー、鍵、ばかになってるんだよ。きっと勝手に締まったんだ」
苦し紛れにそういうと、納得いかないといった様子で、直ぐ様友人は得意な弁論を展開する。
「勝手に? 見たところ、勝手に締まるような型には見えないのだが。それにこの鍵はまだ新しいだろう」
「、不良品だったんだよ」
我ながら頼りない声音でうそぶけば、友人は君らしくもない、と僕を一瞥して失笑し、言葉を続ける。
「不良品と知りつつ放っておく君ではないだろう。
では何故君は嘘をついたか。そもそも、嘘はどこか」
──やめろ、深追いするな。
咄嗟に頭が働くものの、解決策が浮かぶまでには動いてくれず、僕の情けない沈黙は続いてしまう。
「鍵に関することは全て嘘だね? まったく筋が通らない。何故君はそんな嘘をついたのだろう? 真実を隠すためだ」
──何も隠していない。
頼むから、それ以上考えるのはやめてくれ。
ほとんど祈るように心は叫んでいたが、それを友人に伝える術はない。告げてしまえば、それさえも友人を導く材料になるだろう。
「そう考えると、正しいのは鍵がしまっていたということだ」
「違う、鍵はあいていた。あいていたんだ」
説得力など皆無。子供が嘘を隠す程度の言い訳。ああ、もう友人は辿り着いてしまう。
そうしたら、僕は君を。
「ならば偽りは……」
沈黙。