短編小説
□確認無用
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──いや待て、思考がずれている。
さておき、人質の解放を求める気があるならば、とっとと交渉にきているはずなのである。
あいつは男の器を見極めた上で、私が人質になっている間は時間が稼げるとでも踏み、今頃は完全に守りを固めている最中だろう。もしかしたら、反撃の準備くらいは既に整えているかもしれない。
こんなこと悟られたら少なくとも私は絶体絶命なのだが、都合のいいことに、馬鹿な男はまだそれに気付かない。
──馬鹿だなあ。私に話し掛けてる場合じゃないだろうに。そして安心しちゃってる場合でもないだろうに。
……あれ、私、この男の事、馬鹿って何回言った? ひどいな。我ながら。
余程私が余裕たっぷりに見えたのだろう、男はまたしても怪訝な顔で恐る恐る問い掛けてくる。
さっきから、ちょっと怯えすぎじゃない? 私はそんなに恐ろしい形相でもしているのだろうか。むしろ私が怯える側でしょう? 失礼しちゃうわね。
というかそれ、さっきも聞いたことじゃないか。何がしたいんだ。
本気で面倒になってきた。しかし答えなければ、永遠に同じ質問を繰り返されるかもしれない。ああ面倒くさいな、もう。
「手を繋いでなきゃ不安になるような愛し方、してないわよ」
口にしてから、自分でもその言葉に驚いた。
愛? 愛だって? いや別に愛してない。愛してないし。愛してないから。ないってば。なんか間違ったかも。
……でも、そうだ。私は馬鹿みたいに、自分の安全を確信している。音にしたことで、余計それを自覚した。
なんていまさらなのかしら。
なんだか突然おかしくなって、くすりと笑みを零した私を、男は恐ろしいものでも見たような表情でみつめていた。
うん、わけわかんないだろうな。いきなり笑いだす人質の女なんて、不吉以外のなにものでもないよ。
でも、それが正解。
どうやら目の前の男に負けず劣らず、私も相当の馬鹿らしい。
思い、ますます愉快になって、私はもう一つ笑みを零した。
ああ、なんだかおかしくてたまらないわ。
──哀れな男が、この馬鹿な女の言葉と態度の理由を本当の意味で理解するまで、あと3秒。
確認無用
(ちょっと、遅いんじゃない?)
END.
→あとがき。