短編小説
□追跡悪夢
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あかいあかいあかい。
ああ、何故こうも赤いのだろう。真っ赤な悪夢が終わらない。
──『それ』は突然やってきた。
聡明な友人の姿を借りて、なんの前触れもなくやってきた。
何がなんだかわからない。だってそうだろう? 瞬きをしている間に、友人が友人ではなくなっていて、俺はホラー映画の主人公になっていたんだから。
恐怖と不安でおののく俺に、『それ』は、くしゃくしゃと。まるでやっと解放されたとでもいう様子で、くしゃりと笑った。
瞬間、全身が怖気で総毛立つ。あんなに恐ろしい笑顔を、俺は見たことがない。残忍なんてレベルじゃない、ぐしゃっとした下卑た笑み。お化けとか幽霊とかそんなものじゃない、まるで怨念そのものみたいな……。
悲鳴を噛み殺す俺を置き去りに、周りの人間は『それ』と目を合わせる度に変わっていく。『それ』と同じ赤い瞳に。俺はどんどん孤立していく。気づけば、正気を保っているのは一人だけ。
……この場合、正気でいることは悪だ。数の上で立場はぐるりと逆転し、変異したモノ達を前に、俺は完全な『敵』として認識されてしまう。
それだけ仲間を増やしておきながら、何故自分だけは放っておかれるのか。いっそあちら側に行けてしまえばこの恐怖とおさらばできるのに、正気がそれを許さない。
視界に映る『向こう側』は、瞳だけがギラギラと目立ち、赤く赤く、ああもう赤く、恐ろしく赤く、およそ人間の瞳ではなく、つまりは怨念そのものみたいな。
目を閉じても逸らしても、その映像は眼底に投影され続け、意識にこびりついていき、その恐ろしい瞳を一層浮かびあからせるだけ。
世界は塗り替えられていく。すげ替えられていく。今の世界は間違いだから、みんなが変化を望んでいるから、こうして自分が変えるのだと、赤い瞳が笑う。
くしゃくしゃと、ゾッとする瞳で笑う。お前はどうする? と脅迫しながら笑う。
──仲間を増やそうとするのは何故だろう。数を増やしておきながら、『敵』を残しておくのは何故だろう。
ふん、きっと自信がないからだ。だからそうやって他者を巻き込む。本当に世界を変える気なら、『仲間』になんかしなくても、同意は得られるはずなのだから。
わかりやすい敵がいなきゃ、己の正義は証明できないもんな。みんなが正義なら正義も悪もない。ただの無だ。
というか、なんだよ世界って。明らかに、意味のわからん悪夢をみている。
……なんだか思考がハッキリしてきた。ああ、これは悪夢もいいところだ。早く目を覚まさなければ。
赤い瞳は笑う。くしゃくしゃと笑う。何かを為すには犠牲がつきものだと笑う。お前もそうなるかと笑う。犠牲として払われるかと笑う。
犠牲にする側になるか、犠牲になる側になるか選べと、赤く笑う。
……は。わかりあえるわけがない。
ゾッとしながら、唐突に気づく。一人だけ正気を保っている理由に気づく。夢だからとかいう次元じゃなく、根本的なところで、こいつとはウマが合わない。
恐怖の麻酔も切れ始めてきて、俺の意識もキレ始める。