短編小説

□真偽逆転
1ページ/2ページ


「嘘つき」


 言われ慣れたその台詞に、シニカルに肩を竦めてみる。相手が涙目だろうとどうしようもない、むしろ泣きたいのはこちらである。

 嘘つき。事実だろうとなかろうと、向こうにとってはそれが真実なのだ。ここで否定したところでまた『嘘つき』の称号を贈られてしまうのだろうし、肯定すれば、それはそれで嘘つきなのである。なんだこのパラドックス。
 個人的に、自分程正直な人間もいないと思うのに。

 人間というのは誰しも本音と建前を持つものである。それは社会に溶け込む為の、最低限の処世術だ。今のご時世、二重人格など問題ではない。時々どちらが真実かわからなくなってしまうのは、愚かにも二つを切り離しているからで、どちらも己から発生した人格、すなわちどちらも自分である、ということだけが真実なのだ。

 大抵の場合、好かれるのは、無理をして作り出した上辺の笑顔。あっさりその笑顔に丸め込まれる世間に若干苛立ちを感じながらも、さすがは年季の入った営業スマイル。そうそう崩れるものじゃない。

 しかしそろそろ我慢の限界なので、本当に嘘でもついてやろうか。


「そう、嘘つき」


 オプションで、『にやり笑い』もつけてやろう。生まれて初めてつく嘘が、意地の悪い、意味のわからない本当の嘘だなどと、お笑いだ。どうだこれで満足か。

 嘘つき人間が真実の告白だなんて、と驚愕し、相手は目を丸くしているのだろう。それが正直者の嘘だなどと微塵も思わず、騙されればいい。これで世界はひっくり返る。これで本当の嘘つきだ。汚れることなどこんなに容易い。は、は、は。


 ただ真実は、自分は生まれてこのかた今この瞬間まで、嘘をついたことなどなかったのだ。


 さあ嘘つき呼ばわりした愚族ども、どんな償いをしてくれますか。正直者などと宣ったら、それこそ狂ったように笑ってやろう。そして何をしたのか思い知ればいい。

 どうにかしてみろ、神とやら。真実しか話さなかった狼少年は責められる哀れな子羊です。あなたの穢れなき忠実な子は周りの疑心に耐えられないが為に嘘を選んだ。本当の正直者は、嘘など一つもついていないのに、信じてなどもらえませんでした。


 苛立ちながら完璧に笑顔を保つ今の己は確かに、相手の所望した嘘つきである。しかし相手は何故か眉尻をさげ、水を湛えながらしかし燃える瞳ではっきり呟いた。


「嘘つき」



 あれ?




真偽逆転
(嘘が本当で本当が嘘で)



END.
→あとがき。

次へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ