短編小説

□理論武装
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「君、おかしいと思わないか?」


 隣を歩く男の熱弁に、僕はただただ相槌をうつ。
その内容は正直どうでもいいような事だったけれど、あまりに理路整然と語られるので、なんだか大層な議論をしているような錯覚を覚える。


「発売日、というものは守られて然るべきだと思うんだが。流通の関係で書籍は早く入荷する事もあるというが、ならばそれを見越して発表するべきだろう」


 ……彼の逆鱗が何処にあるのか、いまいち理解できない。別に目当ての書籍を買い逃したという訳ではないのに。


 狭い書店の通路を歩きながら、弁論は続く。
前方からやってきた店員さんが僕に会釈して、友人の目の前を通り過ぎた。それに少しだけ眉根を寄せた友人だったが、すぐに気を取り直し、話し続ける。


「例えば某週間コミック雑誌。発売日は火曜日の筈だろう? しかし月曜日に書店に並ぶ。ならば月曜日発売だと言えばいいじゃないか?」


 気心の知れた、と言って良いかどうかわからないが、僕達はそれなりに長い間交友関係を保っていた。
納得するまでとことんつきつめる友人の気質はある面では厄介であったが、それ以上に、友人として好ましくもあった。
それは決して曖昧を許さない厳しいものだったけれど、彼はそれを自分に対しても緩めたりはしないので憎めないのだ。


「一日早く読めると錯覚する事による心理効果を狙っているのかもしれないが、早売りなどというものもあるじゃないか。あれは月曜日より更に前に手に入れられるのだろう? 月曜日には事実上既に『早売り』を手にできるというのに。
書店が正しく火曜日に販売しては売り損ねてしまう。これは立派に発売日詐称による弊害だと思うのだが」


 ……本当にどうでもいい事の様な気がしてきた。
そんな事を真剣に考える友人は、固すぎるというか何というか、むしろ可愛くさえある。
しかし僕は、いや、だから僕は、この友人と過ごす時間が心地よく、好きであった。


 店を出、しばらく歩くと僕の家がある。
外はまだ明るく、遊ぶ子供達の姿が友人の向こうに見えた。僕達は他愛のない会話を続けながらのんびりと散歩を楽しんで、やがて家に辿り着く。

 着くやいなや、友人はまだ何かを呟きながら玄関を器用に通り過ぎていった。


 ──あれだけ思索に耽りながらちゃんと扉を通るあたりはさすがだと思う。


 ぼんやり思いながら、僕は鍵を回し扉をあけた。



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