短編小説

□偽善試験
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 願いを叶えてあげよう。
 闇でくすりと、誰かが笑った。




 ──最初の願いは、『お願いだから傍にいて』


 彼は笑って頷いた。

 嬉しくて嬉しくて、片時も彼から離れなかった。
さみしくてさみしくて、誰でもいいから傍にいてほしかった。

 彼は願いを叶えてくれた。
 彼が誰かなんて、どうでもよかった。


 ──次の願いは、『頑張るから捨てないで』


 彼はまた笑って頷いた。

 その笑顔に置いていかれないよう必死で縋りついた。
怖くて怖くて、彼がいなければ立っていられなかった。

 もう一人なんて嫌だった。
 自分の願いが全てだった。


 ──三つ目の願いは、『なんでもあげるから、ずっと一緒にいて』


 彼は笑って……。


 笑って。


 手に持ってるそれは何?


『……じゃあ、自由をちょうだい』



 ざしゅ。



 暗転。
 暗転。
 暗転。




 ……君が消えれば、僕は自由だね? いい加減、うんざりだったよ。
こっちの気持ちなんか、君は考えたこともなかったろうね? まったく不愉快だよ。
まあ、ついでだから命はもらっておくね。空腹だけは満たされそうだし。


 ……君は合格だったよ。おかげで罪悪感もない。
なんで合格かわかるかい? いらないものばかり、くれるから。
僕の意志なんてどうでもよかったくせに、なんでもあげるだなんて、よく言えたね。
そう言いながら、恐怖に竦んだ君の目は、『奪わないで』と懇願していた。


 まったく素晴らしいよ。
 素晴らしく、偽りだった。


 ──己が与えたいものを我儘に与えた為に、悲劇。


 空腹の彼には、何もあげてはいけなかったのだ。
そもそも、彼はそんなもの少しも欲していなかった。どうせ奪うものなのだから、どうでもよかったのだ。


 ああ不幸。無知は不幸。
 不幸は残酷。残酷は彼。


 彼を少しでも知ろうとしていれば、避けられたはずの惨劇。
だからこれは当然の悲劇。予定調和の幕引きは繰り返す。


 ──さあ、願いを叶えてあげよう。
お嬢さん、願いはないか?



「あなたはだあれ?」



 問われて彼は、にこりと笑った。


 ────君は、不合格。


 残念。


 答えとともに闇はくすりと笑いを残し、やがて溶けて消えて残るは沈黙。




偽善試験
(誰って? それは……)



END.
→あとがき。

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