短編小説

□理解不能
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 わからない。


〈黒〉


 何故こんなことになってしまったんだろう。


 隣で震える友人の肩を抱きながら、私は何度目になるかわからない、そして意味のない思索を繰り返していた。
とにかく逃げなければ。あの白い殺人鬼から。


 ──白い服の、殺人鬼。


 友人を示すにしては、なんて他人行儀に響く言葉なんだろう。そんな表現を選んでしまえる自分に失笑しながら、私は歩を進める。
少なくとも、たった数時間前まで、私達は同じ場所にいたというのに。


 ──私達は、学校という名の機関に通う、いわゆる普通の学生だ。
友人と馬鹿をやり、教師に怒られたりしながら、家に帰れば家族が待っている。そんな、平凡を絵に描いた様な日々を過ごしていればよかった。よかったはずだったのに。

 それが今は殺人鬼から逃げているとは。現実感がなさすぎて、正直事態をのみこめない。ましてやその殺人鬼は友人だというのだから、馬鹿馬鹿しくてもう笑う気にもならない。最悪だ。


 隣の友人などは、言葉もなく泣き続けている。
無理もない。私だって、自分が襲われていたら、泣くどころでは済まないだろう。彼女は本当に、死んでしまうところだったのだから。

 彼女の黒い制服には先刻染み込んだばかりの赤色が浮かんで見えて、そのあまりに現実離れした姿に目眩を覚えた。


 ──逃げる。友人に背を向けて。


 どうして?


 何故、この子が追われるのか?

 わからない。

 何故、あの子は突然豹変したのか?

 わからない。


 全ての疑問は意味を成さない。わかるのは、隣の彼女は殺されかけたという事。まだ追われている事。捕まれば、きっと殺されるという事。

 だから、逃げる。
 たとえ相手が友人だとしても。彼女はかわってしまったのだから。


 かわった?


 本当にそうだろうか。よくよく思い返してみれば、そんなことはなかったかもしれない。


 何しろ彼女は不思議な人間で、どこかずれているというか、真っ白というか、そんな子だったから。
 黒の中の一点の白の様な、そしてその事に自分では気付いていない、そんな子だったから。
 彼女の前では己の黒さを引きずり出される様で時々居心地が悪くなる、そんな風に思わせる子だったから。


 ……だから本当は今も、疑わしい。あの時彼女に悪意があったとは思えない。


 そう、あれはまるで、殺意のない攻撃だった。



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