短編小説
□執行猶予
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「やあ、また会ったね」
笑みの混じる声音に目線をあげれば、見覚えのある青年。いや、壮年か。さり気なく隣に座ったこの男の顔をここで見るのは、もう何度目だろう。
思いながら、読みかけの本をなんとなくしまう。何してるんだろう、私。
休日の昼下がり。のどかな公園。ベンチは日当たり良好。
特に約束などしているわけではない。むしろ知り合いですらない。一体誰なんだ、この男は。
ちらりと隣を盗み見れば、優雅に笑みを浮かべてこちらを見る視線に出会う。なんだっていうの、もう。
「どうかな? 今日も悲しみにくれているのかな?」
「ほっといてください!」
なんて不躾な男だろう。毎回毎回、優し気に笑う男に振り回される私。そう、だいたいが、初見が最悪だったのだ。
完全に男から視線を外し、実は大して怒ってもいないのだけれどそんな素振りをすれば、気の抜ける台詞が降ってくる。
「うん、今日は泣いてないね。いい子いい子」
「馬鹿にしてますか?」
まさか、本心だよ、と大仰にかぶりをふる男は、悔しいがいい男だ。いわゆる『おっさん』と言うよりは『おじさま』の部類に入るだろう。
上品な物腰と服装から、なんだか大層な地位をお持ちなのではないかとつい勘ぐってしまいたくなるが、気さくな笑顔と態度がそんな警戒心を解いてしまう。だから、何度も不可思議なやり取りを交わしながらも、こうして今日も会話が続くのだ。
「失恋を癒すには新しい恋が一番の薬だよ」
「誰が失恋したんですかっこっちがふったんです!」
……よーし、この男、私に喧嘩を売りにきたんだなこんちくしょう。なんだ、その胡散臭い満面の笑みと自分を誇示するジェスチャーは。頭痛い!
まったく、普通ならここで会話は終了だ。なんて心が広いんだろう、私ったら。
少しだけ睨んでやると、相変わらず静かに笑みを湛えたまま話し掛けてくる男。一体何がしたいんだろう。
「もうその話はやめてくださいっ。それから、恋もまにあってますから!」
「そうかい? 残念だなあ」
そう言って、また笑う。何が楽しいのか。人の色恋をネタに笑うとは、大概失礼じゃないか。泣くぞ。
いや、いいんだけど。もういいんだけどそんな事!
初めて会ったときから、ずっとこうなのだ。そうだ、最初を間違えた。だからなんだか私の方が不利なんだ。
あれは不覚だった。ちょっと相手とうまくいかないからって、少女漫画よろしくこの場所でめそめそしていたら、この男が声をかけてきたのだ。
■
『君、あんまり泣くと、死ぬよ』
『死ぬか────っ!』
■
……我ながら馬鹿らしい、本当に馬鹿らしい出会いだった。
その男は頷き、『うん、泣いているよりは怒っている方がいいね』とかなんとかいかにもな台詞を吐いた後、延々と私に話し掛け続けた。馬鹿だと思った。