記念部屋

□盲目ナイトフィッシュ
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 ──もう未来なんかない私には、きりりと張り詰める暗闇に流れる透明な歌だけが、ここにいる証だった。



 夜は、ひんやりとしていて好きだ。
僅かな明かりが見えるくらいで、人の気配もほとんど無く雑音も少ない。心なしか空気が綺麗な気さえする。
そんなことを思いながら、彼女は窓の外をみつめ続けていた。


 そこは極めて閉鎖的な空間で、暗く冷たい、さみしい場所だった。
彼女が来た当初はいくらか人気があったものの、今では己の気配すら希薄に感じるほど閑散としていて、とても寒い。
扉は無く、しかし『外』の気配は嫌というほど感じ取れてしまうという、彼女にとっては生殺しの状況でしかなかった。

 唯一の外との繋がりである窓には格子がはめられており、まるで牢獄だ。
いや、建前こそ違うものの、人を収容し逃さないという意味では、そこは事実牢獄であった。



 そんなおよそ生活感のない空間に、彼女は一人、取り残され続けている。



 それは、或いは幸運だったのだろうか。
何故なら彼女は、そこに集められた人間の内の、最後の一人だったのだから。


 もう外に戻れないことはわかっている。
ここに来た時からわかっている。
ここを出る事は、そのまま自分の終わりを示す。
それを理解していながらも、既になくした世界を鼻先につきつけられるような状況はたまらない。
目の前にあるのに、届かない。彼女はおあずけをくらった犬のように、だらしなく涎を垂らすだけ。



 暗く冷たい殺風景な空間の真ん中で、彼女は窓をみつめ続ける。



 ……いっそ始めに『出て』いれば、こんな焦燥など抱かずにすんだのに。


 ──納得している。
 したから、ここにいる。


 しかしあまりに長くこの場に居すぎたせいで、彼女の感覚は麻痺しかけていた。

 夜で冷え込んだ世界を、だからこそ安心して受け入れられる。明るい昼にはもう眩しすぎて戻れない。
帳が全てを隠してくれる、その闇が彼女には都合がよかった。
この暗闇の中では、等しく全てが暗黒で、余計な光を見ずにすむから。
もう今だけが、世界を享受できる唯一の時間だった。


 ……いつからだろう、その闇の時間に旋律が生まれたのは。
主の知れぬ旋律が、休む事無く流れ始めたのは。



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