記念部屋
□ただしいあの子のつくりかた
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■愛してる者がつくりましょう。
■変わらず愛してあげましょう。
■それがあなたを愛すなら、正しく機能するでしょう。
■
「──……何をしたの」
聴覚を支配するその音は、激しい怒りで彩られていた。
その勢いに圧倒され、対峙する男は言葉もなく立ち尽くす。こんなはずではなかった。こんなはずでは、ないはずなのに。
その少女の病的に白い肌は、闇の中でひどく映えた。ジリジリと、何かが焦げる音がきこえてきそうな燃える視線。かろうじて少女を拘束せしめている、決して脆弱ではない管は、今にも引きちぎれそうだ。
少女の『命』をかろうじて繋ぎ止めている管を引きちぎるほどの抵抗は、少女にとっては自殺行為だ。
しかしそれを意にも介さず、いや恐らくは無意識に、しかしはっきりと、ただ怒りという感情のみで、『兄』に攻撃をしたのだ、その少女は。
ぽたりぽたりと、滴る赤。地面が吸い上げるその色は、少女の瞳の色と同じく、ぼわりと闇に浮かんでいる。
「ナナハ、あの男は……──」
「あの人に何をしたの」
ひたりと忍び寄る冷気に、ざわざわと皮膚が粟立つ。言い訳すらねじ伏せられる。これは誰だ。誰なんだ。やっとあの男から妹を取り戻せたと思ったのに──!
「私をつくったのは、あの人でしょう」
低い、断罪するような声音が空を切る。その正しさに、兄はぎくりと息を止める。
そうだ。もういないはずの妹を、人をつくるなどという罪を犯したのはあの男で、自分はそれを咎め男を攻撃した。
しかしつくられてしまった妹を守ろうとしているのに、何故こうも憎まれるのか。こんなのは……──。
「あの人に何をしたの」
ぎらりとした、剥き出しの殺意。その明確な敵意を全身に浴びて、やっと。
ここにきてやっと。兄は思い知ったのである。少女が『人』ではないという事実を。つくりものであるという、逃れようのない事実を。
■他の人間にはなつかないでしょう。
■維持には血を多く必要とするでしょう。
■それがあなたを愛すなら、正しく機能するでしょう。
生前の少女からは想像もつかない凄絶な雰囲気を纏い、妹は兄に牙をむいた。
■
「ナナハ」
呼んで欲しい相手に名を呼ばれて、少女はきれいに微笑んだ。どこに行っていたの、と少し拗ねてみせる。
可愛らしい、可愛らしい所作だった。年頃の少女らしいその様子に、現れた青年も表情を崩す。
「顔色がよくなったな。──間に合って良かった」
「うん。よかった、レイトがいなくならなくて」
少女は甘えるように、青年にすがりつく。
「何処にもいかない」
ずっと一緒だ。答えるように青年は少女を抱き締める。
「レイトだけいればいい」
幸せそうに、とろけそうな笑みを浮かべ、少女は青年の胸で目を閉じる。青年もまた、更に強く少女を抱き締めて目を閉じた。
……ずっと一緒だ。死ぬなんて許さない。
閉じられた世界。赤く染め上げた地面の上で、何かが歪んでいたけれど、それでも幸せなのだった。
■犠牲を払う覚悟をしましょう。
■必ず愛してあげましょう。
──それがあなたを愛すなら、正しく機能するでしょう。
ただしいあの子のつくりかた
(君しかいらない)
END.
→あとがき。