記念部屋

□量産型ひとりぼっち
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「よっしゃ! 取り引き成立!」


 軽快にそんなことを言いながら、目の前の娘はカラカラと笑った。
なんだろう、この娘は。絶望するということがないのだろうか。この娘が相手では、あらゆる負の可能性は自然に退いてしまいそうだ。
そうなると、自分も一欠片も余すところなく消えてしまうことだろう。こう、消毒とか、殺菌されて。

 そんなはずは多分ないのだが、なんとなくそんなことを思ってしまうほど、その娘は生命力に溢れていた。
小柄な体躯に恐れを知らぬ瞳。どうにも、扱いづらいというか、関わりづらい。
ならば自分達はどんな関係なのかと問われれば、かなり説明に困る。
いや、言葉にしてしまう分には一秒程しか要さないが、はたしてそれを他人が理解できるかといえば……多分、無理だろう。
しかしあえて言おう。未だ自分も信じがたいので、改めて確認の意味で。


 暗殺者とターゲットだ。


 自分が暗殺者。必然的に娘がターゲットになる。
改めて認識すると、やはりおかしいとしか言い様がない。何故自分は、ターゲットの取り引きになど素直に応じてしまったのだろう。


 ──その娘は、狙われていた。あらゆる強欲な輩が、手に入れようと躍起になっていた。しかし娘はその追撃をことごとくかわし続けている。
痺れを切らした我が依頼人は、『他の者に獲られるくらいならばいっそ殺せ。死体は回収しろ』と命令を出したのだ。破格の報酬で。


 いつも通りの、下衆な依頼。しかし自分は外道な暗殺者だ。特に感慨もなく引き受けた。
いつも通りに、すぐに終わる。感情など動く暇がない程直ぐに。
その考えは今から思えば甘かったのだが。


 ──パワフルにも程がある娘は、正論を吐きつつ、ことごとく攻撃を薙ぎ倒していく。
どれだけの数が襲っているのか、連日連夜絶えることがない。自分も一度仕掛けたが、口八丁手八丁でいなされた。
あの娘、実力は元よりその辺の男より戦い慣れしている上に、何より賢しいのだ。並みの輩では敵うはずもない。


 ……今がチャンスだと、理解していた。
娘は今、連れの男と別行動をしているからだ。しかも子供というお荷物を背負っている。千載一遇の機会といえた。
単体でも前述の通り厄介ではあるのだが、連れ合いがいない分、格段にやり易いだろう。いざとなったら人質をとればいい。行動をみるかぎり、あの娘はひどくお人好しであるから。

 連れ合いと別行動をとり子供を連れているのも、つまりはそういう気質からのものだった。
機会を狙って息を潜めていた自分が拾えた会話では、子供と共通の知り合いを助けに、強行突破するつもりのようである。

 その眼前には数多の異形。人と異形から成るその集団を子供を守りながら進めば、必ず隙ができるだろう。ならば自分はその時を狙うまで。

 そう結論づけた瞬間、声が投げられた。



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