記念部屋
□三日月シルエット
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煙を視認した。
途端、轟音が耳を貫く。目から涙を流し、みっともなく咳き込んだ頃、ようやく事態を理解する。
──ああ、いつものアレか。
理解してしまえばなんの事はない。悲しいことに、こんなのは日常茶飯事なのだ。うん。
次いで、階下から響いてくるけたたましい怒鳴り声。謝罪の叫びと仲裁の言。これもお約束。
怒鳴られる方にも怒鳴る方にも同情しないではないが、一番可哀想なのは多分、被害者なのに放置されている自分だ。
──誰も気づかないだろうけどね。
煙のたちこめる中、どことなく遠い目をしながら末っ子の哀愁を漂わせていると、上昇してくる人の気配を感じた。
部屋はまだ煙い上に、八つ当たりされるのは必至なので、慌ててベランダに避難することにする。
「何してんの、あんた」
「……煙いから避難してたんすよ、勿論」
しかしなんの因果か、まさにそのベランダへと侵入者は現れ、軽快に話しかけてくるのだった。
侵入者は、怒鳴っていた方の人物。仲裁者は今度は慰め役にでもなっているのだろう、現れたのは一人だ。
「うわ本当まだ煙いわ。あんたからも言ってやってよね。まったく、何が楽しくて発明なんかしてるのよあの子は」
「オネエサマが言った方が効果あるっしょ。オレが言ったってきかねーよ。兄貴もいるしな」
「うわ卑屈。何、いじけてんの?」
決して図星ではないけれど、然り気無く近いところを突きながらヘッドロックしてくる相手。
本人はじゃれついている程度の認識なのだろうが、ほとんど攻撃にしか思えない。
「やめろよ暴力女!」
「なんですってこのクソガ……キッ!」
たまらず文句を叫ぶと、気合いと共にさらに力をこめられ、首が締まり息がつまる。
ちょっと、これ、完全にキマってるって。謝れとかなんとか聞こえるが、喋れないんだよ!
必死に意思を伝えようとするも、喉からは悲鳴の形をなさない窮屈な音が漏れるばかり。
「……こ、殺す気か……っ」
「軽い発言に対する重い責任を思い知ったか、若人」
やっと解放され、息も絶え絶えになりながら、なんとか声を絞り出す。
本当のことを言っただけなのにこんな目にあうとは、世の中は理不尽だ。
かといって手を出せば『女を殴るの?』とか言われるんだ。男女不平等。覚えておこう。
よくわからない思考を繰り広げながら夜空を見上げれば、満天の星が飛び込んでくる。
ふと、その中の一つが空を渡った。
「おわっ流れ星だ」
「どこどこどこっ!?」
思わず叫ぶと、相手が間髪いれずに反応する。残念、一足遅い。
「もう消えたっての」
「また流れるかもっ!」
意外だ、こいつにも女らしい一面があるものだと妙に感心していると、奇跡か偶然か、星が再び落ちる。