お題小説

□悪性ラバー
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狂言ロマンチスト


「地獄の沙汰も金次第、ってな。あ、出直して来んなよ。無駄だから」


 そう言って不敵に笑った、自分より二回りは小柄な人物に男は激昂し、妙な唸り声と共に襲い掛かった。
巨漢が真っすぐに突進する様は確かに脅威ではあるが、同時に滑稽で。事実、その前進は横に避けるというあっさりした対応で躱され、男は不様に壁に激突する。

 そのまま目をまわしてしまった方が、男にとって或いは幸せだったかもしれない。何故なら、続けて頭蓋に酒瓶での殴打が降ってくるからだ。


「おい、懲りました? あ、まだ懲りない?」


 思い出したように口を開いたかと思えば、相手の答えなど最初から聞く気のない台詞。


 容赦ねえ。


 その場に居合わせた人間は誰もがそんなことを思いながら、誰一人介入しようとはしなかった。

 そうして一方的な攻撃がしばらく続き、巨漢が降参して動かなくなった頃、人物は悠々と酒場を後にしたのである。
嵐のように、嘘のように、やりたい放題やらかして。
その背中は、あまりに身軽だった。


 人物が去った後、その場からは歓声があがった。その歓声はやがて街全体に広がっていったが、そんなこと、人物にはどうでもいいことだった。




「おねえちゃん、強いんだね!」


 仕事を終えた夜道。声をかけられ、人物は不遜に振り返る。下方に視線をむけると、目を輝かせた少年がこちらをみていた。


 ……なんだ、こいつ。

 思いながら目線をあわせてやると、少年は拳を握り締め、上気した頬でもう一度同じ台詞を繰り返した。くるくる変わる表情がなかなか面白く、つい言葉を返してしまう。


「おいガキ、俺が女に見えますか」


 問うてみれば、気持ちのいい速答が帰ってくる。


「みえる」


 ……さいで。

 喜んでいいやら悲しむべきやら心中複雑ながらも、頭をガシガシと少々乱暴に撫でてやると、少年は嬉しそうに笑みをこぼした。

 その動作が父親に似ているのだと、少年は語る。余程懐いているようで、懸命に父親について語りはじめた。
どこかで聞いた話だと思ったが、黙ってきいてやるとする。


「お父さん、優しいんだ」


 ……まあ、優しいのだろう。ならずものを退治するため、詐欺師に身銭をきるくらいだから。

 人の良さそうな依頼主を思い出し、一人納得する。



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