お題小説

□悪性ラバー
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漆黒ワルツ


「じゃーあねえ、おっさんっ。確かにぶっ壊し完了っすよ。あ、残りのお代は明日までにしてあげようっ。わっすれないでねーえ」


 肩まで真っすぐ伸びた、滑らかな黒髪が元気よく空を切る。
厳しいのか優しいのかどっちかにしてくれ、と叫びたくなるような言葉を発し、黒髪の少女は嬉々として請求書をきっていた。
右手にはボールペン。そして左手には、あまり信じたくはないが角材が握られている。それも、少女の身の丈を軽くこえる、豪快なサイズのものが。

 場所はあるホテルの一室。しかも高級クラスに属する。たとえば、恋人同士が愛を語らうには絶好の場所だろう。独り者には関係ない世界の話だが。
だがしかし、そんな絶好のシチュエーションの登場人物は現在、


 1、角材片手に満面の笑みで請求書をきる少女

 2、怒りと困惑を顔に浮かべた中年の男

 3、蚊帳の外の僕


 という、なんともミスマッチな三名。もったいない話である。あらゆる意味で。


「んじゃ、今度こそ本当に『じゃあね。』二度と会うこともないと思うけどガンバッテ。あ、振込みよろしくねっ」

「ま、待て! 話がち……」

「言っとくけど。」


 一方的に告げられた要求に憤り、怒鳴り声で少女を制しようとした男は、しかし言葉の続きを叫ぶことができなかった。
男の一回り、いや二回りは年下の少女の発した言葉と、同時に鼻先に突き付けられた角材の先端によって。

 片手で軽がると、ぶれることなく男に狙いを定めたまま、先刻から変わらぬ、思わず見惚れてしまう笑顔を浮かべながら少女は言葉を繋げる。


「私は確かに依頼を完了しましたよお? やり直したいって言ってたじゃないですかあ。だから私のとこに来たんですよねえ? 私がぶっ壊し屋……『破壊屋』だって知ってて来たんですよねえ? 私はちゃあんとぶっ壊しましたっ。心置きなくやり直し……、再出発できるじゃないですかあっ」


 ……ものすごく、かわいい。かわいいのだが。何故だかひたすら怖いのだ。はりついたような笑顔と口調の所為かもしれない。


「それは……っ、私は一からやり直したいとは言った! しかしこれでは……」

「い・ち・からあ?」



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