短編

□一角
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「先輩どうっすか!」

「まず主語を言おうか」


どん!と机に両手を付いて身を乗り出す恋次。ただでさえ体躯の立派な男であるのに、威圧めいた赤パイナップルは本人が思う以上の迫力がある。暑苦しい眉毛…訂正、個性的な眉毛までもが私を射竦めるようで、ちょうど判を押し終えた書類を顔目掛けて突き出してやった。


「ちょ、ぅぷっ、いきっ」

「えー聞こえない」

「息、でき…っ、」

「ああごめんごめん」


紙一枚とは言え、なかなかの殺傷能力があるようだ。私の手の力が強かったとも言う。軽い酸欠に襲われ、その反動で精一杯酸素を取り込もうと深呼吸に勤しむ恋次を横目で見た。ざまあみろ。

六番隊の副隊長を勤める恋次だが、私にしてみればまだまだ感情ばかりが先行するガキである。朽木隊長より先に、恋次のお粗末な鬼道を見てやったのは私だ。七番隊に異動してからも、何かと猪突猛進な後輩からは懐かれることが多い。

それだけなら、まだ良かったものの。


「定時はまだよ、六番隊副隊長さん」

「俺今日は非番っす」

「それで他の隊を邪魔しに来たの?非番じゃなくてただの暇じゃない」

「またそうゆうこと言うんすから」


現世では、先輩みたいな人のことをつんでれって言うらしいっすよ。だとさ。意味は分からないがいい気はしない。放っといてほしい。仕事に忙しいのをアピールしようと手を動かしたまま相手をしていたら、運悪く今日の分を終わらせてしまった。誰か私に次の書類を!


「なんじゃ阿散井、来とったんか」

「射場さんお疲れさまです。お邪魔してるっす」

「射場副隊長!何か私にお手伝い出来ることはありませんか!」

「えらい張り切っとるの。今日はなんもないわ。もう上がっても構わんで」

「困ります!」

「いえ喜んで上がらせてもらうっす!」

「なんであんたが喜ぶのよ!」


犬のように目を輝かせる恋次。犬と言えば五郎。五郎の散歩でも行って来ましょうかと射場副隊長に尋ねたら、既に狛村隊長が行ってらっしゃるらしい。さすが狛村隊長仕事が早いぜこの野郎。来月が提出期限の書類も仕上がっている。憎いね大将!いやほんと!


「乱菊さんに飲み会誘われてんすよ」

「知らないわよ!私の代わりに射場副隊長ドウゾ!」

「阿呆!男は黙って背中で語るもんじゃ!」

「背中が行きたいって語ってます」

「バッ!語っとらんわ!」

「いいから行きますよ、先輩。往生際悪ィっすね」

「だって…!」


行きたいのは山々だ。お酒も好きだし乱菊も好きだし、何より恋次や檜佐木をぐっだぐたに潰すのが楽しくて愉しくて…じゃない!

説明するまでもないけれど、定時というのは仕事が終わる時間を指している。仕事が終わるというのは全隊士がフリーになるということで、つまり現世で言うところのアフターファイブということだ。

なんでそんな言葉を知っているか、なんてことはどうでもいい。全隊士が待ち望むアフターファイブ。年中無休でアフターファイブのような隊もあるが、定時までは用事があるとき以外来ないでと念を押している私には、思うところがあるわけで。


「おォ、そうじゃった。外で一角が待っとったぞ」

「一角さんが?」

「…」

「毎日ご苦労じゃのう」

「毎日なんすか!?」

「…」


言わないで聞かないで!恋次そんな目で私を見るな!そこはすごくナイーブな問題なんです射場副隊長!

まだ恋次が入りたての頃、一角は斬術、私は鬼道を教えるうちになんだかそうゆう雰囲気になった私達。元々が一本気というか真っ向勝負の向こう見ずな性格の一角が、付き合ってみればそりゃもう度が過ぎるくらいの束縛っぷりで。それでも昔より緩和されたのだけど、射場副隊長の言う通り毎日毎日お迎えご苦労様な有様なのだ。


「私、飲み会パス!」

「なんでっすか、一角さんも誘えば…」

「…」

「ははあ、さては先輩が俺らに絡むと一角さんがやきもちっデェ!」

「俺がなんだって恋次?ああァン!?」


いきなり前につんのめった恋次。それを更に押し潰すが如くピリピリというかじりじりというか、つまりはツルツルした奴の霊圧が背中を刺して来る。何故今の今まで気が付かなかったかと言えば、それだけ精神的に切羽詰まっていたのだろう。可哀相な私。


「一角!詰め所には入って来ない約束でしょ!」

「とっくに定時過ぎてんだろ。それとも何か?俺が入って来たらマズイことでもあんのかよ」

「うわすっげえ束ばっイデデデ!一角さん足踏んでる踏んでる!」

「おお悪ィな」


なんて暴君。今なら虚だって逃げ出しそうな一角に見下ろされ、思わずごくりと生唾を飲む。恐怖は感じないけれど、いつも以上に吊り上がった目で射られると弱い。色んな意味で。


「帰んぞ。仕事は終わったんだろ」

「…うん」

「先輩飲み会は?一角さんも一緒にっデデ!だから足踏んでるって!」

「行かねえよ。んなことより、テメいつまで人の女掴んでんだ」


一角はそう言って、連行されかけたまま繋がっていた私と恋次を引っぺがした。強引に引かれて身体が傾いたものの、身を任せる力のやり取りがまるで他人事のように頭の中は真っ白で。

今一角なんて言った?人の女とか言わなかった?ぽかんとした恋次の顔が、やけにリアルで可笑しかった。


「帰んぞ。聞いてんのか」

「あ、あんた、バカ!?何もそんなこと…!」

「ああ?いいから行くぜ」

「ちょっと!あの、お、お疲れ様です、お先、しますっ!」


づかづかと偉そうに先を行く一角だが、他隊の詰め所だと言うのにちっとも弁えない横暴さは更木隊長譲りなのだろうか。いつもは遠慮して好奇の目を寄越さない隊士達なのだけど、今日ばかりは恋次を含めたピンク色の視線が痛い。

恥ずかしいより何より、照れてしまってそれどころじゃない自分が、一番痛い。

手を繋いでいるわけでもないのに、私の足は吸い付けられたように一角を追う。長い脚が乱暴に床や地面を踏み締める力強い音が、きっと私の心までをも引き寄せているのではないか、なんて。

恥ずかしいから、絶っ対に言わないけどね!



あんた(お前)のせいで私(俺)が狂う


「ありゃ立派なつんでれっすね」

「阿散井、つんでれってなんじゃ」

「ま、いいじゃないすか。ところで射場さん、飲み会行きます?」

「…しょうがないのォ」


end
プレゼン@猿咬
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『猿咬』つくね仁様より強奪してまいりました!
感想は仁さん宅に直接。
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