その他短編

□ナントカは犬も食わない
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それは旅をはじめて間もない頃の話


大きな木に背を預け胡座をかいて剣の手入れをしていた時のことだった。



「青年ってさぁ、ほんと綺麗な髪してるよねぇ」



なんとも気の抜けた声に一端剣の手入れを止め声の主の方へ目線を移す。
ざんばら髪を高い位置で一つに結あえた浅黒い肌の胡散臭いおっさんがこちらを見ており目が合う。
俺はそれに答えることなく剣の手入れを再開しようとおっさんから目線を外した。

すると、ごそごそと動く音がし先程より距離を縮めてきたおっさんが何を言うでもなく髪の毛を一房手に取った。


「ほらーちょーサラサラ」



手のひらで楽しむかのように触りながら持ち上げて更に顔を近づけてくる。まるで匂いを嗅ごうとしているかのようにな姿にぞわっと鳥肌が立つ。



「やめろ、俺にそっちのシュミはねぇ」



「イダダダッ!青年ごめん、ジョークよジョーク…ッ!だからその剣こっちに向けないで!」



右手でちょんまげ頭を思いきり引っ張りあげ手入れの終わったばかりの愛剣のニバンボシをレイヴンの喉へと宛がう。



「ユーリ!シュヴァーン隊長になんてことを!すいません、シュヴァーン隊長お怪我はありませんか?」



あと少し声を掛けるのが遅れていたら新緑の草原が真っ赤に染まっていただろうと思っていた所に、金色の髪を風に靡かせながら走り寄ってきたフレンが俺とおっさんの間に入り問答無用に俺を怒鳴り、くるっと身体を反転させておっさんに腕を差し出し申し訳なさそうに謝っている。



「いやいや、おっさんは平気だから。ほら、このとおり」



差し出された手を取りゆっくりと立ち上がったおっさんは平気だと言いおどけるように両手をひらひらと振った。


「あのなぁフレン、俺は悪くねぇぞ。おっさんがセクハラしてきたんだよセクハラ」


「そんなわけないだろう!君でもあるまいし!それに前々から注意してるだろ、シュヴァーン隊長になんて口の利き方してるんだ!」


「なんだ俺でもあるまいしって…俺がいつセクハラしてたってんだよ、あ?それにこいつはシュヴァーンじゃねーただのおっさんだ」


「ただのおっさんて…随分な言い方じゃない…青年」



もはやレイヴンの声も聞こえない程ヒートアップしている(主にフレンが)二人は睨みあって火花を散らしている。
これは喧嘩と言う名の殺しあいでも始めるのではとレイヴンは半ば本気で焦ったがフレンのある一言でその空気は一変した。と言うか凍りついた。少し離れた所で談笑していたカロルとジュディスはピタッと動きを止め、目を白黒させるカロルに対しジュディスは「あらあら」と意味深に微笑んでいる。テントで魔導書を読み漁っていたリタは常套句の「バカっぽい」を溜め息と共に吐き捨て呆れていた。エステリーゼとパティは白爪草で花かんむりを作って互いの頭に乗せて遊んでいたようでフレンの大声にきょとんと目を丸くさせている。孤高の名犬、ラピードはテントの外で眼を瞑り我関せずと狸寝入りを決め込んでいた。



「君がっ僕にしたこと忘れたとは言わせないよ!!」



それはもう高らかに、大袈裟ではなくエコーがかかり山彦になって返ってきた。



「はあああ!?なんなのソレ!青年たら嬢ちゃんやジュディスちゃんに飽きたらずフレンちゃんにまで手ェ出してたの!?見境ないのねー」


俺が反応するより先におっさんがある事ない事を言い出した。
それに拳骨一発で許してやった俺を誰か褒めてくれ。


「エステルやジュディに手ェ出した覚えもないし況してやフレンになんてもっとねえよ」


くたばっているおっさんを一睨みしてから誰に言うでもなく発した。


いつの間にか集まって来た仲間たちは皆、様々な様子をさせていた。


「往生際が悪いぞユーリ、騎士団に入隊して間もない頃の事だ。同じ部屋になった時に上半身裸で僕のベッドに潜り込んで来たのはドコのどいつだい?」


フレンが言い聞かせるように言った言葉にカロルは顔を赤らめジュディは愉しそうに微笑み、エステルに至っては「まあユーリ風邪は引かなかったのです?」と検討違いなことを言っている。


「バッ、あれは間違ったって言ったじゃねえか、あの時は蒸し暑くて脱がなきゃ茹だりそうだったんだ!下脱いでなかっただけ有り難いと思え」


俺が言い返すとジュディが「ふふ、言い訳かしら?」と言っていたが無視だ無視。

パティはパティで「ウチならいつでも準備オーケーなのじゃユーリ」と服の袖を掴まれた。
ソレを言われて俺にどうしろと。




「それだけじゃない!下町にいた頃だって…っ」


「分かったわ、もういいから後は二人でやってなさい!あーバカっぽい!」


フレンの言葉にリタが横入りしてきてテントに入ろうと皆を促し、残ったのは俺とフレンといまだ伸びているおっさん、それとラピードが「いい加減にしろ」といった顔でこちらを見ていた。


「フレン」
「ユーリ」


どちらともなくお互いの名前を呼びあい肩を組んで青い空を見上げるのだった。



(ほったらかし程つらいものはない)








【END】

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