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□楽園の紅い花(紅花)
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「ナァラ、彼はいない」

 そう肩を引き寄せ、囁くと、彼女は首を大きく振った。

「いやっ! 違う。トーヤは、トーヤはっ!!!」

 いつか、彼女の中で、ナスラ王は消えるだろうか。それとも、ずっと私は彼の影であり続けるのだろうか……

「ナァラ!」

 彼女の叫びが聞いていられない。胸の中で警鐘が激しくなっている。

 抱きしめると彼女は全身で激しく拒んだ。耐えられなくて動きを封じるように関節を抑え込んだ。

「ナァラ、お前の夫は私だ」

 言い聞かせようとすると彼女は腕の中で子供のように首を左右に振りづつける。

「違うわ、私の夫はトーヤだけ。離して、離してよ、オーリ」

 トーヤ、トーヤと違う男の名前を彼女が口にするだけで、どうしてこうも苦しいのだろう。黒い感情が鎌首を上げて、その口を塞ぎ、もう二度と口にしないように己がものにしてしまえと囁きかける。

「……ナァラ」

 でも、それはとても危ない賭けだ。そんな事をすれば、彼女の心を壊してしまうかもしれない。

彼女の金の髪に指をからめ、その絹の様な手触りに酔いしれることで、無理やり衝動を抑えこんだ。

「ナァラ」
 
彼女の耳元に顔をうずめた。柔らかい彼女の匂いと忌々しい花の香りがした。
 
その花は、本来は青い花だった。それが、あの川の周りだけ、禍々しい紅をその身に纏う。

「……染まらないでくれ」

 紅はあの花が適応した色なら、染めたのはあの川の水だ。

 まるで隣国に攫われたナァラと彼女を変えたナスラ王のように。

「トーヤ、トーヤぁ……」

 胸の中で泣き続ける彼女の痩せた肩をオーリは今度こそは、と優しく腕で包んで、閉じ込める。

「ナァラ、私を、見てくれ」

 胸に秘めていた狂おしい想いを吐露しても、今の彼女に届いてはくれない。


――手折られた一輪の名もなき花が、花瓶の中で紅の花びらを一枚、散らした。

(幕)
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