中編

□中
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 家に帰ってくると一番にお風呂を準備する。

任務が終わってからすぐに検査だったので、汗もかいているし所々体が汚れていた。


「カカシさんはゆっくりしていてくださいね。」


 私は荷物を置いてカカシさんの寝床を確保する。

リビングと寝室の二部屋しかないので、同じ部屋で一緒に寝たらいいかなと思っていた。

寝室は和室でベッドは無い。

布団を並べて敷けば問題ないだろう。


「ななし、もしかして一緒に寝るとか言わないよね?」


 寝室に出ていた折り畳みの机を仕舞っていると後ろにカカシさんが立っていた。


「え、ダメですか?」

「ダメに決まってるでしょ!」

「でも家狭いし、寝るところここしかないですよ。」


 カカシさんは、はぁと溜息を吐くとリビングのソファーを指さす。


「オレはそこで寝るよ。」

「それこそダメですよ!せっかく布団が二組あるんですからコッチで寝てください。」

「……あのねぇ、さっきも言ったけど中身は成人した男だよ?少しは警戒しなさいよ。」


 そんな可愛い姿で言われても全然説得力がない……とは口が裂けても言えないが、引き下がれない。

私の内に秘めたる母性本能なのだろうか。

この可愛いカカシさんを抱っこして寝たい。


「……私、(子供の姿の)カカシさんと一緒に寝たいんです!」

「……へ?」


 カカシさんは口をポカンと開けたまま固まる。


「(可愛くて)我慢できません!一緒に寝てください、お願いします。」


 カカシさんは口に手を当ててフイっと顔を背ける。


「なに言ってるかわかってるの?」

「分ってます。」


 願いを込めて真っ直ぐ見つめていると、カカシさんはチラリとこちらを見る。


「……そ、そこまで言うなら一緒に寝てあげても良いけど。」

「やった!ありがとうございますカカシさん!!」


 私は嬉しさの余りカカシさん両手を取ってブンブンと振る。

本当に分かっているのかと、カカシさんはされるがままに眉間に皺を寄せた。










 * * *



 それから私たちは順番にお風呂に入ってから、並んで台所に立ち夕食作りを始めた。


「カレーでも作りましょうか。」


 私は冷蔵庫の中を覗いて提案してみる。


「うん、じゃあジャガイモと人参の皮を剥いてくれる?オレは玉葱を切るから。」


 カカシさんはそう言うと手際よく準備をして玉葱を切り始めた。

身長が足りず台に乗っている姿はから想像できない程、リズムよく包丁を使いこなしている。

それはもう違和感があった。


「ん、どうしたのななし?」

「あっいや、なんでもないです。」


 私は指示通りピーラーで皮を剥き始める。

目に染みる玉葱の方を買って出てくれたカカシさんに、大人の時と変わらない優しさを感じて、中身はそのままなのだなと改めて認識させられた。

二人で準備をするとあっという間だった。

私はお鍋の中でグツグツと煮える具材たちを見ながら、焦げない様にお玉で円を描く。

視線を感じて顔を向けるとこちらを見つめるカカシさんと目が合った。


「どうかしましたか?」

「いーや、なんか……」

「?」


 話すのに躊躇しながらカカシさんは口を開いた。


「気を悪くしたらごめんね。……母親がいたらこんな感じなのかな〜って。」


 あぁ……

確かカカシさんは早くに母親を亡くしたと聞いている。

普段なら下から見上げることもないだろうし、想像してしまうのも無理はない。


「母親ですか、カカシさんが私の子供だったらすごくすごーく嬉しいですね。」


 笑顔で言うと、私の言葉が意外だったのかキョトンとしている。


「……そう?」

「そうですよ!努力家で向上心があって、何より仲間思いで優しい、自慢の息子じゃないですか。」


 私を見上げたままカカシさんは目を丸くして固まってしまった。


「あ……私ったら、偉そうにすみません。」


 先輩に向かって何てこと言うんだと焦って謝ると、下からふふっと小さな笑い声が聞こえた。


「ありがとう、そう言ってもらえて嬉しいよ。」


 カカシさんが余りにも無邪気な顔で笑うので、今度は私が固まってしまった。


「おーい、手を動かさないと焦げちゃうよ?」

「あ、そうでした!」


 私は我に返ってお玉で混ぜるのを再開する。

子供姿のカカシさんにドキッとさせられたことが無性に恥ずかしかった。

完成したカレーとちょっとしたサラダ、あと水をテーブルの上に置き、私たちは声を揃えていただきますをした。


「上手く出来ましたね。」

「うん、これは上手い。」


 市販のカレールーを使っているが、私の家では仕上げにウスターソースを入れる。

これが中々良い味を出してくれるのだ。

お腹いっぱい食べた後は、カカシさんがお皿を洗って私がそれを受け取り拭きながら食器棚へしまった。

任務同様に連携が取れている。

そんなふざけたことを考えながら食後のティータイムへ突入した。

こんな状態なのに何のんびりとしているんだと焦る気持ちもあるが、こんな時だからこそである。

私よりもカカシさんの方が何倍も不安に思っているだろうし、こうなってしまった以上騒いでもどうにもならない。

カカシさんもそう思っているのか落ち着いた様子でお茶を啜っている。

マスクを下ろして。

……マスクを下ろして?

私は食い入るようにカカシさんを眺めた。


「……は、初めて見ました。」

「へ?」

「カカシさんの素顔。」


 カレーを食べている時は俯いていて良く見えなかったが、今は正面を向いてマスクを顎に下ろしている。


「あぁ。」


 そう言うとカカシさんはマスクを元の位置に戻してしまった。


「え、いいじゃないですか家なんだから外しても。」

「これが無いと、なーんか落ち着かなくてね。」

「かっこいいのにもったいない。」

「かっこ……」


 カカシさんは目を泳がすと、そのまま黙って俯いた。

素顔のことに触れられるのが嫌だったのかなと、気まずい空気に反省する。

シーンと静まり返った沈黙をカカシさんが破った。


「ごめん。」

「え?」

「オレがミスしたせいでななしにこんな迷惑をかけて。」

「迷惑だなんて……」

「ほんと、先輩のくせに情けないよ。」

「こんな事態、誰も予想出来ませんでしたよ。だから自分を責めるのは止めてください。」


 変わらない表情を見る限り、私の言葉では納得していないようだ。

一緒に任務に当たっていたのにも関わらずフォローすら出来なかったことに、私だって少なからず責任を感じていた。

本人なら余計、己を責めてしまうだろう。


「オレはいつまで経っても肝心なところでミスをする。」

「カカシさん。」

「里にも迷惑をかけて。もしこのまま……」


 私は自分を責めて今にも消えそうなカカシさんを見ていられなくて、立ち上がって隣に行くと小さな体をギュッと抱きしめた。


「誰だってミスはします、だって人間なんですから。大丈夫、一緒に元に戻る方法を探しましょう絶対に見つかりますよ!それまでは、頼りないですけど私が側にいますから。」


 こんな言葉はただの気休めかもしれない。

だけど今のカカシさんを一人にはしたくない。


「ななしが責任を感じる事じゃないよ。」

「私はただ、カカシさんの側にいたいんです。」


 たとえそれがカカシさんの望んでいない事だとしても、私はカカシさんの力になりたい。

思いが届けばと背中に回す腕に力を入れる。

カカシさんは黙ったまま右手を動かすと私の服の裾を僅かに握った。

それが嬉しくて体を離すと、とびきりの笑顔を送った。

釣られる様にカカシさんも頬を緩める。


「明日、私たちにも手伝える事がないか火影様のところに聞きに行きましょう!」

「そうだな……ななしありがとう。」


 少し表情が明るくなったカカシさんを見てホッとした。

 私は元の場所へ戻り座ると、温度差で水滴の付いたグラスを持ち上げてお茶を飲む。

それにしても……私の部屋にカカシさんが居るなんてと、まじまじ見つめた。

あの憧れのずっと好きだったカカシさんが、この見慣れた風景に違和感なく溶け込んでいる。

いや、違和感はあるか。

生きていると何が起こるか分からないものだな。

私がもう一口お茶を飲んだところで、カカシさんがいつもの愛読書をポーチから取り出した。

そしてなんの躊躇もなく開く。

背表紙にはR18のマーク。

これはさすがに……

私は戸惑いながらもカカシさんの読んでいる本を上から取り上げた。


「え?何するのよななし。」

「これは、今の姿で読むの禁止です!」

「えぇ!?」


 噓でしょとショックを受けているカカシさんの前で栞を挟んで本を閉じる。


「オレ中身は成人済みだよ?」

「ダメったらダメです。」

「それを奪われたら死んじゃうかも。」

「死にません!」


 余りもしょんぼりと肩を落とすので、悪いことをした気持ちになってくる。


「……少し考えさせてください。」


 希望が見えたのかキラキラとした瞳を向けられたので、私はそーっと目を逸らした。


「あっほら、もうこんな時間!疲れていますし早く寝ましょ?」


 苦し紛れではあったがもちろんお互い任務明けで疲れている。


「……仕方ない、寝るか。」


 ジッと見詰めた後、諦めた様にカカシさんは就寝の準備を始めた。

私は聞こえない様にふーっと息を吐くと続いて立ち上がった。











 * * *



「ほんとにいいの?」

「はい!」

「後で文句言うのは無しだからね。」

「もちろんです!」

「……はぁ〜」


 最終確認を終えたところで私たちは寝室に並んで敷いた布団に潜る。

カカシさんは即行で私に背を向けてしまった。

私はその小さな背中を眺める。

こんな小さい体がカカシさんみたいに大きくなるんだな〜


「……視線を感じるんだけど。」

「そりゃー見てますからね。」

「あのねぇ」


 くるりと体を回転させると幼い顔をしたカカシさんが私を見る。


「そんなに見られてると寝れないでしょ。」


 怒ってる顔も可愛いな〜

声も高くて怖くないし。


「ちょっと聞いてる?」

「あ、はい聞いてます。」

「……はぁ〜」


 カカシさんは呆れた様に長い溜息を吐いた。


「ななしなんか変じゃない?どうかした?」


 怪訝な表情を向けられる。


「あの……一つ、お願いを聞いてくれませんか?」

「……内容による。」


 数秒間睨めっこをして私は覚悟を決めると口を開く。


「抱っこして寝」

「無理。」

「即答ですか。」

「当たり前でしょーよ。何度も言ってるけど、中身は大人のオレなの。良いわけないよね?」

「だって……」


 めちゃくちゃ可愛いんだもん!

よしよしって撫でたくなる。

カカシさんの事が好きだから余計に可愛く見えるのかな?


「今日だけ!何もしませんから一回だけお願いします。」


 こんなチャンスはもう二度とないかもしれない。

私は顔の前で両手を合わせて目を閉じ拝む様にお願いした。


「……他の男にもそうやってお願いしたりしてるの?」

「いいえ!(子供姿の)カカシさんだけです!」


 カカシさんは腕で顔を隠すと、もう勝手にすればと力なく答える。

これは、イエスという事だ!


「ありがとうございますカカシさん!」


 私はゴソゴソと布団の中を移動すると、包み込む様にカカシさんを抱き締める。

腕の中に収まるカカシさんの小さい体。

見上げてくる丸い黒目が可愛い。


「意地でも戻らないとって気持ちになったよ。」


 自分を責めて暗かったカカシさんの目が少し変わった気がした。

前向きに考えられる様になったのだなと嬉しくなる。


「はい!明日、頑張りましょうね。」


 私はふわふわのカカシさんの髪を撫でながら顔を寄せた。

自分と同じシャンプーの匂いがする。

温かくて湯たんぽみたいだ。

これが子供体温と言うやつかな?

私は疲れもあってか腕の中の温かさを感じながら、すぐに眠りに落ちてしまった。












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