中編
□02
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「随分と懐かれているじゃないか。」
作法室の入り口で生首フィギュアの手入れをしていた仙蔵は、くつくつと楽しそうに笑った。
「他人事だと思って〜」
ななしは眉を寄せると、縁側の柱にあずけていた背を浮かして仙蔵を睨みつける。
「私が落とされたら次は仙蔵が標的よ?」
「ははっ、私は大丈夫だ。」
余裕綽々な態度にムッとした。
「どうして言い切れるの?」
「ん?……まぁ、なんとなく。」
仙蔵にしてはハッキリとしない物言に、ななしは首を捻る。
それを一瞥した仙蔵は「喜八郎とは長い付き合いだからな。」と付け加えた。
「そうかもしれないけど……」
四年ほど前。
当時一年の綾部が仕掛けた落とし穴を仙蔵が褒めた事をきっかけに、綾部は仙蔵に懐いている。
懐いているというか、認めているというか。
仙蔵になら付いていっても良いと思ったのだろう。
綾部は入学の時からかなりの変わり者で、悪く言えば浮いた存在だった。
穴を掘ること以外、何にも頓着せず無表情で口数が少ない。
その上かなりのマイペース。
そのせいか、私が見た限りでは常に一人だった。
学園生活を過ごしていけるのか心配だった。
仙蔵に誘われて作法委員会に入ってからは、少しずつだが感情を表に出す様になり、私の心配も無用になるほど、綾部は生き生きと自由に過ごすようになった。
そして、四年に上がる頃には"天才的トラパー"と異名をとるまでになっていた。
仕掛け罠に関しては、学園内で彼の右に出るものはいないと思っている。
私は仙蔵と仲が良かったから、同じ年数、綾部の事は見てきたつもりだ。
そりゃー仙蔵ほどではないが。
仙蔵がなぜ大丈夫だと思うのか分からない。
これでも罠に掛からない為に必死なのだ。
落とし穴の仕掛ける場所、精度、タイミング。
全てが上手い。
この前は見栄を張っていたが、気を抜けばいつでも落ちる。
それは私に限った事ではないだろう。
仙蔵も同じ状態になれば骨が折れるはずなのだ。
正直、日々腕に磨きをかけている綾部が怖くなってきている。
私はいつ綾部の掘った穴に落ちるのだろうか。
そんな事を考えてななしが難しい顔をしていると「いつ落ちるだろうな。」と仙蔵は声を弾ませた。
「……性格わるーい。」
ななしはジトっと目を細めて悪態をついた。
「今更、既知のことだろう?」
仙蔵は事ともせず口角を上げただけだった。
入学からの付き合いだ。
この男の性格など良くも悪くも知り尽くしている。
「性格も良ければ言うことなしなのにね。」
「嬉しい褒め言葉だな。」
皮肉を言うもまるで効果がない。
「この間、私の可愛い後輩のこと酷い振り方したでしょう。」
「そうだったか?」
ジロリと蔑む視線を送ると、仙蔵は「冗談だ、覚えているさ。」と愉快そうに言った。
「私の好みではなかった。仕方ないだろう?」
「そうだとしても、もう少し優しい言葉を使いなさいよ。」
「期待を残してしまっては却って可哀想だ。」
仙蔵の言っている事はごもっともだが、後の面倒は私がみるのだということもわかって欲しい。
くのたまはただでさえ人数が少ないのだ。
学年を上がる度かなりの人数が学園を去っていく。
忍たまと違って、六年生は私を含めて三人しかいない。
色々と大変なのだ。
「いっそのこと、彼女でも作ってくれたら助かるんだけどな。」
ポツリと呟くと、仙蔵は生首フィギュアからななしへ視線を向けた。
「ななしの事は好いているからいつでも受け入れるぞ?」
首の角度や表情、髪の流れまでもを把握した洗練された仕草。
場の空気を一気に変えてしまうような色気を感じた。
誰が見ても美しいと思うだろう。
これが本心で言っていないのだから恐ろしい。
ほんと食えない男だ。
「仙蔵の彼女なんて御免よ。」
ななしが顔を逸らすと仙蔵はクスっと笑った。
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2022.08.01